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泥棒と刑事の夫婦がコンビを組むユーモア犯罪小説シリーズ最新刊/『盗みは忘却の彼方に』赤川次郎

泥棒&刑事の夫婦が活躍する人気シリーズ

 約六百二十冊の著作を手掛け、総発行部数が三億三千万部を超える国民的作家・赤川次郎には、新人の頃から続く長寿シリーズが少なくない。一九八〇年刊の『盗みは人のためならず』に始まる〈夫は泥棒、妻は刑事〉シリーズは、デビュー作を含む〈幽霊〉シリーズ、代表作〈三毛猫ホームズ〉シリーズに次ぐ歴史を持つロングセラーだ。

 連作短篇として生まれた同シリーズは、第六作にあたる初長篇『泥棒は片道切符で』を経て、第十三作『盗んで、開いて 夢はショパンを駆け巡る』以降は長篇シリーズとなった。『読楽』(二〇二一年八月号~二〇二二年十月号)に連載された『盗みは忘却の彼方に』は、一年四ヶ月ぶりに上梓されたシリーズ第二十四作である

 ロケバスに置き去りにされた十九歳の売れないタレント・久保田杏は、森の中の小屋に迷い込み、銀行強盗を計画する三人の男──金沢裕也、城満、須田トオルに遭遇した。「ここで死ぬか、仲間になるか」と脅された杏が後者を採り、四人は一億円の強奪に成功するが、杏の始末を謀った城を金沢が射殺してしまう。

 警視庁捜査一課刑事・今野真弓とプロの泥棒である夫の淳一は、遺体で発見された城が強盗の一味だと察し、現金でフェラーリを買ったトオルと杏に目を付ける。ほどなく淳一は犯罪組織のボスから城の元婚約者を守り、運転技術を買われたトオルはタレント活動を始め、金沢の娘に逢った杏はその家庭事情を知ることになる。

 すでに状況は激変しているが、物語はまだ三分の一に過ぎない。後半では三十億円のダイヤモンド「アリアドネの涙」を盗む計画が判明し、真弓と淳一が阻止のために動き出す。このスピード感は本作のみならず、シリーズ全体の特徴ともいえる。プロの泥棒が主役(の一人)を務める本シリーズは勧善懲悪譚ではなく、犯罪者が罰されるとは限らない。そんな野放図な世界で自在にプロットを転がし、悪漢小説としての見せ場を演出する。その闊達さがロングセラーの一因であることは明らかだろう。

 読みやすい文章とユーモア、軽快なキャラクターの活躍といったイメージを伴う赤川作品には、よく見るとダークな話も多く、著者のコントラストへの意識が窺える。特異かつ超然とした夫婦を介入させ、数々の犯罪をポップに描く本シリーズは、ナンセンスな明るさに徹した作品群だ。巻き込まれ型のリズミカルな冒頭、各々の立場が変わる中盤、陰謀に立ち向かう後半という構成を持つ本作は、稀代のエンタテイナーの技が盛られた手練れの一冊に違いない。

 ちなみに『読楽』(二三年一月号~)ではシリーズ最新作『盗まれた時を求めて』が連載中。十六歳の少女が命を救ったオーナー社長の養子になり、ホテルのスイートルームで殺人事件が起きる話だ。刊行は来年になりそうだが、こちらも楽しみにお待ちいただきたい。

泥棒と刑事の夫婦がコンビを組み
銀行強盗にまつわる殺人と
宝石強奪計画に立ち向かう
ユーモア犯罪小説シリーズ最新刊

盗みは忘却の彼方に 赤川次郎 定価 本体900円+税

赤川次郎◎1948年福岡県生まれ。76年に「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受けてデビュー。2006年に第9回日本ミステリー文学大賞に輝き、16年に『東京零年』で第50回吉川英治文学賞を受賞。日本推理小説史上屈指の人気作家である。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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