track 08 「骨延長の手術を検討してください」
一部、電子マネー非対応の旧型筐体に関しては定番タイトルコーナーを設け月額フリープレイ制にするなどし、各金融機関に於ける大量硬貨取扱手数料導入に備えた。即ち生き残りの為の施策、対戦格闘ゲームの指南役として山我轢、通称我轢を雇い入れたのもその一環。
宝町駅から徒歩五分、一階にネパール料理屋、二階にアフガニスタン料理屋、三階に中古CDショップが入る雑居ビルの地下一階、我本望也感電死、という屋号のゲームセンター。
勝てば、当代人気の女性タレントに酷似したキャラクターが恥じらいながら脱衣姿を披露してくれる麻雀ゲーム目当ての数十年来の常連から、プロチーム所属を目標に掲げプレイ動画をネット配信している小学四年生まで、その店こそが自分の居場所と言い切るファンも少なくない。
難を言えばその製品ラインナップが故の、九割が男性客であり同時にライト層を取り込む魅力には乏しい点。
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我本望也感電死に於いては常に、格闘ゲームの対戦台の並びが人口密度の高い一角、更に今日は人気タイトルのナンバリング新作のリリース日ともあり、専属指南役の我轢の日当、即ち彼との対戦に敗れた者が所定の折りコンケースに投入していくお菓子や、食器用洗剤や歯ブラシなどの言わば現物も、既に山と積まれていた。
「三本目の開幕飛び道具、完全に読めてた。二本先取されててそれやったら余裕ないって言ってるのと一緒、リスク覚悟でパワー溜めでもした方が逆に相手ビビらせられるぜ」
「押忍」
「一本目で乱舞技見切られた時は結構プレッシャー感じた。最初から鬼集中力発揮出来んのやっぱお前の武器、伸ばした方がいいね」
「あざっす。じゃこれ、ドリトスのアボカド&チーズっす」
「空希の好みはナチョチーズ。いつも言ってんじゃん」
「さーせん」
壁掛け時計に視線をやる。19時35分。男子寮の夕飯に間に合うよう帰宅するにはそろそろ切り上げないといけない。対戦と、それに伴う個別指南の順番待ちで列を作っていた連中に片手で詫びつつ、折りコンをカウンター裏に運ぶ。 70過ぎても現役ゲーマー、パドルコントローラーでブロック崩しに興じている初代店長で現オーナーに声を掛ける。
「のぶ代さんこれ、追加お願いします。全部で三箱、明日まとめて取りに来るんで預かっといてください」
「預かり賃は貰うよ。どら焼きはあったかい」
「餅入りから抹茶餡まで、選り取り見取りで」
「そうかい木之内みどりかい」
「それは竹中直人の奥さんね」
「そんな事よりがっちゃん、今日みたいな日は閉店までやってった方がいいんじゃないのかい」
「リリース日来週と勘違いしてて飯の用意頼んじゃってたんすよ、すいません」
傍から見ればまるで古参、随分と馴染んでいる様子だがしかし、我本望也感電死に於いて我轢が専属指南役を始めてからまだ、日が浅い。彼の素直さがそのまま社交性に変換され好い方向に転がったこれは結果、だが、それが裏目に出る場合も少なくない。
「きみが我轢くんね」
背後から名を呼ばれる、それも女子の声で。
「帰る前に一戦だけ、この子とやってくんないかな」
スニーカーにオーバーオール、キャップ姿の外海エリカは自称マネージャー、ガルボハットにブラウス、ロングスカートからジップアップのアンクルブーツまで黒でまとめた小山内未知がプレイヤー。
「実力は本物だから必然的に名前も売れ始めちゃって、結果、賞金目当ての地方大会荒らしもそろそろ限界かなってね」
果たして拠点をどこぞかに置きeスポーツ選手として本格的に活動を始める段階にあるのだと、彼女たちは言う。
「万が一にもきみが勝てたらチームメイトにしてあげる。その代わり未知が勝ったら今日の戦利品、全部頂戴するわね」
我轢の、素直さが裏目に出る場合とは即ち。
「才能って、周囲を幸せにする為に発揮するべきでさ、ただ自分の存在を白飯る為に使った場合はそれ」
「あ、噛んだ」
年上の女性に惚れ易い傾向が傍目にも判り易い形で諸に、態度にも表れてしまう、そしてその結果として猿にお手玉をさせるよりも容易に。
「自分の身も滅ぼし兼ねない諸刃の剣なんだぜ」
「なにその気取った言い回し、ぱーてぃーちゃん気取り」
鼻毛を読まれてしまうのだ。
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track 08 「骨延長の手術を検討してください」
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決まった時間までに決まった方法で申告し、そうして夕飯を頼んだ男子寮の住人は用意されたそれを20時半過ぎまでに食べ終えなければならない。定時を過ぎて手付かずだった場合は片付けられてしまう。遅れた理由が如何であろうとどれほど深く反省していようと須らく平等に。男子寮に於けるそれは絶対の掟の一つ。
そしてその掟を破った罰として、我轢は。
「だからね、電話の一本も出来なかった筈はなかったと思うのさ、僕は。なのに電話をしなかったって事はさ、それはもうわざとしなかったって事に違いないと思うのね。詰まりね、我轢くんはさ、僕が作ったご飯を食べない事によって僕に意地悪をしようと考えて、それで実際にそうしたって事だよね。そんなふうに考えてはなかったとしても結果的にそうなってしまったのだからそんなふうに考えていたと思って差し支えないよね。いいかい我轢くん、僕は僕が作ったご飯を食べてもらえなかった悲しい気持ちを我轢くんに意地悪をされた事によるものだとして記憶するよ。それでも構わないと言うのかい、我轢くんは」
と。
仲間内で一棟借りし、共同生活の場としているアパート、即ち男子寮に於いて家事全般を担当する絶対寮母、青空勇希、通称空希による要点を得ない説教を、小一時間ほど喰らわされていた。
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ちなみにその二時間ほど前には。
「私が納得するかどうかはきみにコントロール出来るものではないし、納得出来たかどうかで私はきみに対する態度を変えなきゃいけないのね。いい、もう一度最初から訊くから明確に答えてね」
小山内未知との対戦後に彼女に取っ捕まり面と向かって。
「きみが、私と試合をするにあたって明確に手を抜いた理由は私が女だと思って舐めたからなのか、だとすればそうした態度、及び考え方はプレイヤーとして、或いはそれ以前に人間として恥ずべきものだと感じないのか、それともまたなにか別の意図を以て手を抜いたのだとしたらそれはどういった考えからなのか、詳しく聞かせてほしいのね」
人間性が卑劣だと詰られた上、懇々と詰められていた。
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果たしてへそを曲げていた空希が。
「とにかく我轢くんは僕を悲しませました、僕を非常に悲しませました、その事は肝に銘じてください。それでこの話は終わりにします」
ただひたすらに一方的に不満を吐き出した結果としてようやく、機嫌を直す兆しを見せ始める。しかし。
「ところで、今日の戦利品はどこにあるんだい」
と、常態からして垂れ目が故に締まりなく見え兼ねない表情を更に溶かしながら訊いたところの我轢の返答が。
「それなんだけど全部没収されちゃったんだよね、二人に」
またぞろ期待と信用を裏切る内容、常態からして下膨れの顔のその頬を、更にぷぅと膨らませる。
「という事は我轢くん、僕のお菓子を他の女の子たちに貢いだって事だね。それは大変な事だよ我轢くん、とても大変な大問題だよ我轢くん」
そうして有りっ丈の不興を買った我轢は、最終的に、eスポーツ選手として獲得した賞金で食洗器を、何故か女子寮の分も合わせて二台、購入する約束をさせられたのだった。
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翌日、市立宝町高校。
三階南端に位置する音楽室を溜まり場とするれんじゅうに、我轢が、プロチーム所属となった旨を報告する。
と、いちばんに食いついたのは我轢と同級の三塚松理。
「落ち着いた物腰で喋り方にも品があるのにプレイスタイルはえぐめ、特に格下相手だと一方的に攻めて終わらせるくらい貪欲、そのギャップでアイドル的な人気も出始めてる。お前もゲーマーの端くれならその手のニュース耳に入れるようにしとけよ」
表記はNRNC、読みはのらねこ。その実力を以てeスポーツ選手としての未来を嘱望され、また、SNS上に於いては自らの整った容姿を戦略的に利用した発信内容が好評を得ており、即ちスポンサーの獲得にも不安のないNRNCこと小山内未知の前途は洋々、となれば彼女とチームを組む事態などは僥倖であり利点しかない筈だ、と。
「ありがたがれよこの野郎」
一方、上級生の椎名南那、通称椎那はまた別の角度からの興味を示す。
「粗削りな喧嘩技を使っても基礎がしっかりしているから試合が大味にならない、相手や状況に合わせスタイルを変化させる技巧は実にプロレスラー向き、というのが姉さんの見立てだ。このまま彼女がリングに戻らないなど格闘技界の損失、復帰の道筋を作りお前が功労者となれ、我轢」
JK格闘家として売り出されお茶の間にもその名が浸透し出した矢先、専属コーチとの淫行現場を写真週刊誌に報じられた。至極詰まらないスキャンダルを理由に世間的には消えた格闘家、外海エリカのその現状を憂い、健全な肉体と魂が常に対に在ると彼女こそが証明すべきだと、主張する。
「むしろ手合わせ願いたいのはそっちなんだけど」
運動大好き健康優良児、我轢は俄然、エリカとの対戦を望む。
「じゃあ先ず馬を射ろこの野郎。NRNCにスカウトされて乗り気じゃねえとか手前どんだけ大物だ、これだから努力を知らねえ天才は嫌いなんだ」
瞬時の判断力、また同時に正確な操作を要求する類のゲームに関しては下手の横好きを自認している松理が、神経を逆撫でされたと憤慨。
「努力なんか全然してるぜ馬鹿。目標、俺の、小虫に喧嘩で勝つ事だかんよ、体格差のハンデは努力じゃなきゃ埋めらんねえからよ」
我轢も応戦するがしかし的外れ、呆れた松理が左右に首を振って嘆く。
「ここにもいたか馬鹿な根性論者が。そのくせゲームは感覚でプレイして腕前プロ級とかほんと舐めんなよ、いちばん性質が悪いんだよ無自覚の天才とかよ」
「動体視力も勘も経験重ねて磨いてんだよ、努力の結晶だよ」
「死ね馬鹿死に腐って墓に埋まれ馬鹿。素地の話をしてんだよ」
「それ言ったらなんも始まんねえじゃん、最初から諦めてる奴が努力してる奴妬むなよ」
「うっせちび死ねちび死に腐ってガンジス川に流されろこのちび」
「なんだと手前だってたいして変わんねえだろこのどド弩ちびが」
果たしてどっちもどっち、言い争いにも満たない我轢と松理の罵り合いは、無効試合に終わった。
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そうして。
「なんで反射的に手を抜いちゃうのかって尋いてんの、そんなんで勝ち譲ってもらって喜ぶ女の子なんていないって言ってんの。もういっそ去勢でもする、ねえ」
未知とエリカによる厳しい特訓、いやさ矯正の日々は続き。
「そこまでしなくても殴ればいいよ、手を抜いたら毎回殴って体に覚えさせればいいよ。それが問題になったとて別に失うもんなんかないからさ、あたし、引き受けるよ実行役」
我轢もまた持ち前の根性を発揮、いやさ。
「褒美にエリカさんが俺とやってくれるって言うなら本能が勝ちを拾いに行くよ。目の前に人参ぶら下がってたらさすがに俺も本気で走るよ」
放送コードに縛られた毒舌漫才師みたいに天賦の才を徒に放出させる。
「それじゃ根本的な解決にならないでしょ。きみは馬鹿なのかな、根っからの馬鹿なのかな」
果たして。
「てゆーか殴ろう、女の子をトロフィーだと思ってるようなクズはやっぱ殴って体に覚えさせよう」
我轢の弱点克服は間に合うのかどうか、呉越同舟の即席連合たる三人はいよいよ、その日を迎える。
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宝町文化マーケット。
宝町コンベンションセンターに於いて四半期に一度、開催される文化祭。
行政主導ながら四角四面な部分を探す方が難しく、主に創作、或いは表現活動を行うインディー団体や個人事業主を厚遇、具体的に言えば自作品をアピールする為のブースを格安で提供し、彼ら同士、または彼らと企業を繋げる場、即ちショーケースであり同時に交流サロンとしての役割を果たす。
若年層に向いた街づくりの一環、実のある文化振興事業の成功例として県外にも広く知られている。
その文化祭に組み込まれた催しの一つ、県下のゲームセンターが共同で開催するeスポーツ大会が即ち、チームNRNCがデビューを飾る戦場。
「決勝で当たるのがあの子たち。チェックしといて」
未知がそう言って壇上を顎でしゃくる。M-1に照準を合わせたシステム作りがいつしか泥沼、迷走して五年目という風情の漫才コンビが開会式の司会をしているその横、緊張感もなくへらへらと、互いにちょっかいを出し合っている二人の男女。
「特に女の方。ぬーたぬたそっていって同性相手なら勝率100%の化け物、今の私じゃまず勝てない、だからきみに頑張ってほしいの」
「男の方は」
「名前も覚えなくていいくらいの雑魚」
未知の、勝負ごとに対する並々ならぬ思いは矯正、いやさ特訓の時点で訊かずとも分かっていた。それを昇華させるべくの準備の末の完璧な仕上がり具合もまた予測が出来ていた。ならば。
「大船に乗った気でいなって」
彼女の足を引っ張りそれを無駄にさせてしまっては男がすたると、我轢は。
「勝利の女神は努力を怠らなかった桃井こそ」
「あ、噛んだ」
「微笑むんだぜ」
手指、手首のストレッチ運動をする事で以て自らに気合を入れ直した。
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男女ペアによるトーナメント方式、各試合三本勝負、その内の出順は都度抽選により決定、五回勝ち進めば決勝進出。
チームNRNCはただの一戦も落とす事なく決勝へ駒を進めた。内、我轢が女性を相手にした試合は二度あった。
「やろうと思えば出来るんじゃない、きみ」
「まあね、相手がブスなら全然本気出せんだよね」
「蹴ろう、延髄を。女の子を見た目で差別するようなクズは気絶するまで蹴り続けよう、延髄を」
決勝戦の相手は未知の予言通り、ぬーたぬたそ率いるチームぽんぽこ。
下膨れ顔の垂れ目、なるほど腑抜けた印象を持たれ易いたぬき面だがキャップ、オーバーサイズのオープンカラーシャツ、カーゴパンツの隅々に至るまでスポンサーのロゴステッカーが貼られておりその面積が即ち、eスポーツ界に於ける彼女の地位。
地方大会を荒らし回ったとて知る人ぞ知る存在、全国区で見れば泡沫選手に過ぎない未知と、たかだか町のゲーセンの専属指南役、表記はKDC、読みはかんでんし、こと我轢からすれば彼女たちチームぽんぽこに挑む事態は山猿が雲上人に弓を引く構図。
壇上、未知のファッションを葬祭に絡めて弄り滑った漫才師が続けて彼女に意気込みを問う。適当な言葉を返している未知が、身体の前、一方で、もう一方の手首を掴むようにしている手を何度も組み替えているのは緊張による震えを抑える為だと我轢が、気付く。
あくびを噛み殺すような表情で油断している漫才師からマイクを奪い御座なりな進行を遮った我轢、観客と、チームぽんぽこを睥睨し、既に理論値通りの結果を待っているだけのように醒めた彼らのその表情に、根性論をぶっ掛ける。
「意気込みとか温てえんすよ。勝負はただ勝つか負けるか、そんで俺らはここに勝ちに来てんすよ相手が誰だろうが関係なく」
なにものかになろうとするものがなにものかになろうとする時には必ず、先ずの一歩目を踏み出さなければならない。それにはとても勇気が要り、覚悟が要り、思いが要り思い切りが要る。思いにたどり着きそれが指し示す方角を見据えていれば勇気と覚悟は育める、だが思い切りは、いつかどこかで思い切らなければいつまで経っても思い切る事は出来ない。
或いは思い切る為の画策、未知が、男女ペアの相棒に我轢を選んだその算段は当初に想定していた戦略以上の意味を持ち、彼女を解答に導いたのかもしれない。
言ってしまえば他力本願のそれは、けれど案外、なにものかになろうとするものがなにものかになろうとする時に必ず踏み出さなければならない第一歩だった。
我轢にだけ聴こえるように未知が小さく呟いた。
「ありがとう」
「どう板橋て」
「あ、噛んだ」
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そもそも高身長のマッチョがタイプと公言していたぬーたぬたそ、煽り返せと薪をくべる漫才師が向けてくるマイクを首だけで迎えにいき、怠そうに答える。
「てゆーか骨延長の手術を検討してください。170ない男は正直、人権ないんで。お前全然人権ないんで。俺って人権ないんだって思いながらこれから生きてくか、それとも骨延長手術を検討してください」
「おいこらてめいまなんてったあっ」
「え、まだ文句あんの。てゆーかちっちゃい男は発言権もないかんね。あとついでにそっちの女、お前も人権ないかんね、何故なら見るからにAカップだから。ほんと調子のんなよお前ら」
「てめたぬき面だからって見逃さねえぞこの野郎、たぬき面の全ての人間に俺は甘い訳じゃねえ、たぬき面の人間にも腹黒い奴がいる事は百も承知だ、舐めんなよ。殺してやるよお前絶対に殺してやるから覚悟しろよ」
勢い、放ってしまった言葉で我轢は大会参加資格を失う、決勝戦には未知が単独で挑む事となる。しかしここで特別ルールが適用される、決勝戦を面白いものとするべくに。三本勝負の内の全ての対戦に於いてペアのいずれと戦うか、相手を指名する権利が未知に与えられたのだ。
降って湧いた好条件。
我轢も、観客席から声援を送っていたエリカも、ジャイアントキリングを行いチームNRNCが華々しいデビューを飾る数分後の未来を確信した。
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その日の夜、男子寮。
「我轢くん、ちょっとそこに正座して」
皿洗いを終え台所から居間に戻った空希が、寝そべり、テレビのバラエティ番組などを眺めくつろいでいた我轢の背中にそう、呼び掛ける。
「え、なに急ぎ。そうじゃないなら後にして、今テレビ観て」
我轢が言い終える前に、リモコンに手を伸ばした空希が問答無用でテレビを消す。自分の肩越しに振り返って見た空希の表情がまるで般若、我轢は思わず、唾を呑む。
「我轢くん、ちょっとそこに正座して」
「なんだよもう、俺忙しいのに」
ぶつくさ言いつつも姿勢を正した我轢、空希に向き直る。
一呼吸、の後に空希が口を開く。
「今日、晩御飯の準備をしている時に松理くんが僕にLINEで教えてくれました」
そしてそれから二時間ほど。
「今日、我轢くんは、たぬき顔で腹黒い人間が自分の身近にもいると発言したそうですが、どういう積もりですか」
「え、それ違うよ全然違う形で伝わってるよ。俺が言ったのは」
「違くないです」
たぬきの額ほどの弁明の余地も与えもらえないままに我轢は。
「たぬき顔の人はみんな猫被りだと言ったとも聞きました。どういう了見ですか」
「いや違うってそれ全然」
「違くないです。僕は知っています。我轢くんがどういう人か僕は知っています」
或いは延々に続くと思える空希による説教を、喰らわされた。
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翌朝、宝町駅近くのカプセルホテルの洗面室。
鏡の中の自分と見詰め合いながら歯磨きをしている未知の隣で、昨日の、宝町文化マーケット内の催しとして行われたeスポーツ大会のその模様を伝えるネットニュースをスクロールさせていたエリカ。
「でもあたし、未知を誇らしいと思っちゃったんだよね、やっぱり」
歯ブラシを口の中に突っ込んだままで言ったのは照れ隠しか、鏡の中の未知と目を合わせる。
「じゃあよかった」
応え、口をゆすいだ未知がやはり、鏡の中のエリカをじっと見詰める。
「私、いつかエリカにはまた格闘技をやって欲しいって思ってるから」
案外と。
なにものかになろうとするものがなにものかになろうとする時に踏み出す第一歩、その思い切りは他力本願にしておくくらいがちょうど好いのかもしれない。
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決勝戦結果
× NRNC 対 ぬーたぬたそ 〇
〇 NRNC 対 名前も覚えなくていいくらいの雑魚 ×
× NRNC 対 ぬーたぬたそ 〇
('22.05.04)
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