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右野さんと左野くんは離ればなれ【後編】


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その日も自宅の玄関で、男の子は足をブンブンしてオレたちを脱いだ。
「ちゃんと並べなさい」とお母さんは言ったが、男の子は家の中へ走っていってしまった。

そのままになったオレたちは、いつものように別々の場所で寝た。

もっと、気持ちを聞いてあげればよかった。
彼女の不安を受けとめてあげればよかった。

どうすれば、彼女が元気になるんだろうか。

いつも助けられてばかりで、オレにできることはないのか?

何か、

何か…


「眠れないの?」
お父さんの草履姉妹の妹の方が話しかけてきた。

「……」
オレは寝たふりをした。
草履姉妹はオレたちより3年くらい先にここにきているので、聞いてもいないのにときどき昔話をしてくるのだ。

「あんたたちの前に男の子が履いてた靴たちはさ、男の子のお気に入りでさ、車の絵がついたまったく同じやつらを、サイズだけ変えて3回も連れてきたんだよ」

そうなんだ…この話は初めて聞いた。

「だけど、その車の靴たちは18センチまでしかなかった。そして、海が好きになった男の子が、青い靴がいいって言って、あんたたちがきたんだよ」

いつも飛ばされて、かかとを踏まれて、嫌われてるのかと思ってた。

「扱いが乱暴だけど、あの子はあんたたちが大好きなんだよ」
そう言うと、草履姉妹の妹はあくびを一つして眠ってしまった。

玄関のドアのすりガラスから差してきた月明かりが、なぜかキラキラと眩しかった。


◇◇◇


運動会当日の朝、男の子のお母さんはオレたちを男の子の足に履かせて、マジックテープをきっちりしめた。
気が引き締まる。

右野さんは、あの雨の日からなんとなく口数が少ない。
かけっこで一番になったら、テンション上がって元気でるかな?

園庭の地面には白いラインが引かれ、高いところにはカラフルなフラッグのつながった飾りが揺れ、子どもたちはいつもと違う雰囲気にざわざわしている。

そして、男の子がスタートラインに並んで、合図の音がすると、子どもたちが一斉に走り出した。

だけど、男の子は走らない。
ラインの上に立ったままだ。

オレと右野さんは顔を見合わせる。

早くスタートしないと、どんどん置いてかれる。
「ほら、行くぞ!」
思わずオレは上に向かって叫んだ。

すると、男の子が答えた。
「ぼくは走らない」
オレの声が聞こえたのか、独り言なのかは分からない。

「ぼくは負けたい。勝ちたくない」
そう言って、男の子は黙ってしまった。

「そうなのか…」
争いがきらいってことなんだろうか。

オレと右野さんが似ているようで全然似ていないように、子どもたちの気持ちもそれぞれ全然違うのかもしれない。

「じゃあ、オレたちと一緒に歩くか?」

オレが言うと、男の子はぎこちない歩き方で、ゆっくりと前に進みだした。
観客たちが拍手で応援してくれる。

自分なりに歩いていけばいいと言ってくれているかのようだ。

「がんばれ~!」
男の子のお母さんが、ビデオカメラを片手に声をかける。
お父さんはスマホで写真を撮りながら、見守っている。

男の子はそれに気づいて、にやけるのをこらえていた。

「なんかパレードしてるみたいだね」
そう言って、右野さんがフフッと笑った。

一番になってもないし、走ってもいないけど、右野さんが笑った。


◇◇◇


帰りの車の中で、男の子はオレたちを脱いでチャイルドシートに座った。
車が走り出すと男の子は眠ってしまった。
疲れたのだろう。

後部座席の下の方で揺られながら、オレは近くに転がっている右野さんに話しかけた。

「右野さん、この前はごめん。右野さんの不安な気持ち、もっとちゃんと聞けばよかった」

「左野くんはやさしいね。いつも話を聞いてくれる。草履姉妹の昔話につきあってあげてるのって、玄関の中で左野くんだけだよね」

「あー、寝たふりしてるときも多いけどね…」

「かけっこのときも、走りたくないっていう、男の子の気持ちを受けとめてくれた。そして、わたしの不安も受けとめようとしてくれてる…」

「うん」

「だから、左野くんといるとホッとするの、安心するの。でも、パンプスさんたちみたいに何年も一緒にいられないんだって、いつも飛ばされて離ればなれだけど、本当に会えなくなっちゃうんだって思って…」

それって、同じじゃないか…

「右野さん!オレたちの前に男の子が履いてた靴たちは、同じデザインで一つだけサイズを大きくして帰ってきたんだってよ、もしかしたら同じ靴に生まれ変わったのかも!いや、わかんない!でも、オレはまた右野さんと一緒の靴になりたい!」

車が左カーブした勢いで、オレは右野さんにぶつかった。

間近で右野さんがびっくりしている。
だけど、ほんとの気持ちだからいいや。

「オレ、右野さんの隣にいたい。ずっと一緒にいたいって思ってるのはオレも同じだよ」

「うん」

「オレたち、ひっくり返ってるけどね」

「うん」

吹き出して笑った。
久しぶりに、一緒に。


◇◇◇


家に着くと、お父さんが玄関のカギを開けた。
男の子が自分で靴を脱ぐのを、お母さんが待っている。
今日はどこへ飛ばされるんだろう。
どこへ飛ばされても、オレたちの気持ちは変わらない。
ふたりで一足だ。

男の子がオレたちのマジックテープをビリっとはずして両足を抜いた。
そして、オレたちをぴったりくっつけて並べた。

お母さんが男の子の頭をなでて、「できたね」と褒めた。

男の子はうれしそうだ。
オレも右野さんもうれしい。

「靴が喜んでるね」と、お母さんが言った。

「え?!なんで分かったの?!」
右野さんがめっちゃ焦っている。
かわいい。

さあ、明日の朝まで何を話そうか。
右野さんがとなりにいる。




〈完〉


#なりきって書いてみよう
#書く部のお題で書いてみた



ことばと広告さんの書く部のみんなで書こう企画(テーマ「なりきって書いてみよう」)で、息子の靴(左)で書いてみました。

先日、少女漫画を一気読みした影響と、息子の靴の思い出と、先週末の運動会のできごとでできています。


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