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坪売り15

代わる代わる質問や恫喝のような誘導尋問が何度も繰り広げられた。石田は涙をこぼして「自分はそんな事していない」の一点張りである。

当然、山本にも心当たりはない。

しかし追及が止まらず、第1課のベテラン陣と大曲社長による質問は3時間もの間続けられた。結局のところ、二人ともに思い当たるような節もなく彼らは会社で使用しているパソコンと携帯電話を社長たちに渡すことで執行猶予扱いとなった。

状況を把握するために月曜日は代休で良いと言い渡された。

そもそも濡れ衣であり、日曜に呼び出されており代休も何もない話だったが、そのような指摘ができる空気ではない、そしてどうやら顧客・案件情報が他社へ漏れているのは事実のようである。

一番気がかりなのは石田である。お調子者の彼がここまで憔悴しきっている姿は山本も初めてである。

もしこれが演技だとしたらそうとうな大物であるが、1年近く石田との付き合いの中でそこまで大胆不敵な行動がとれる人物でないことも山本はよくわかっている。

「俺は本当にしらないですよ、この会社どうなっちゃってるんだよ」

石田の悲痛も今は山本の耳にしか届かない

・・・・

山本はもともと口数があまり多くないタイプである。つまり矛先に上がることや話題に上がることも少ない。しかし石田は明るいキャラクターと誰とでも分け隔てなく接することができる人物である。

その点が今回の顧客流出において犯人扱いされる状況陥ってしまった。

2人はその後ほとんど言葉を交わすことが無く、自宅へ戻った。携帯電話と使用中のパソコンを取り上げられたので、明日1日はPCの送信履歴や電話の履歴などをチェックされるのだろう。少なくとも山本には気がかりな点はない。

なぜ顧客情報が・・・そして、今の会社の雰囲気はどうだろうか。少なくとも1年前にあこがれた姿はなく新卒で入社した会社は業績とともに疑心暗鬼になっている。

そして、今回の件

月曜日になれば顧客からの連絡があるだろう。それを城島もしくは会社の人間は対応してくれるだろうか。そして、顧客案件情報を流しているのは誰なのだろう。

今までは湧きおこらなかった会社への不安、そして辞めていった岸部の顔がふと浮かんだ。

「岸部さん、良いタイミングで辞めたな」

心の中でそう思った。

少なくとも岸部がいたときは体力的に厳しい日々だったが会社が売り上げだけではなく顧客の移転に本気で取り組んでいる姿勢があった。

会社にも活気があった。今の自分は顧客への余裕もなく日々の売上を如何に達成するかどうかだけだ。そして会社内で自分らは疑われている。気持ちが晴れない

しかし同時に山本は安堵の気持ちもあった。今まで週6日間は仕事に追われており、土日も休みとはいえ顧客からひっきりなしに電話がかかってくることがあり、夜間にメールが届くことも多い。しかし今、会社の携帯は没収され、明日は1日なにも考えずに落ち着ける・・・


文字通り山本にとって久々の『休息』であった。

主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます