見出し画像

坪売り11

呼び出しは意外な結末であった。


岡田ビルの契約はやめた。競合していた仲介会社担当は差押えの過去については把握しておらず、貸主に確認したが今は抹消されている事項だから大丈夫です、という不安げな回答であったからという話だった。

この不信感が引き金となり岡田ビルへのモチベーションが著しく下がりそしてもう一度池袋で探しなおすという話だ。

結末は意外だったが、実際のところ呼び出されてから岸部と山本はひどく叱責された。顧客のオフィス移転をどう思っているんだ。そんな重要な意思決定についてなぜ紹介しているタイミングで言わないのか・・と、さすが営業会社の代表というだけあり、凄みが効いている。

客先で席に座る事を許されず立たさらたまま、これほど大人に詰め寄られるというのは初めてだったのでさすがの山本も委縮してしまい、冷や汗が止まらない。しかし、そのような最中であろうが岸部は恐縮した態度を保ち平謝りの姿勢を崩さずにどこか冷静であった・・・

一通り15分ほどだろうか、叱責された後の依頼は『仲介会社をグランドオフィスに一任するからもう一度、池袋で物件提案をしてくれ』という事に落ち着いた。一旦白紙に戻して検討したいとのことだった。

岸部は礼を述べ、即座に再提案のアポイントの段取りまでスケジュールを押さえ始めた。その間、例の総務担当の顔色は紫色になって固まっていた。先日の岡田ビルの件を話した後、代表に相当搾られたのは表情をみても一目瞭然である。

若干申し訳ない気持ちがありつつも山本の内心ではこの奇跡的な逆転劇にガッツポーズを決めていた。

再提案とはいったもののオフィスの物件で新規提案できる様な掘り出し物件など短期間で出るわけはなかった。最終的には当初の本命物件よりもすこし立地を妥協して、もともと提案していた物件ではない青柳田ビルで無事に契約の運びとなった。資産管理会社の物件なのでキャッシュも問題ないだろう。

岸部と山本の話は両者痛み分けとなったが会社としては黒星が濃厚な案件から無事白星となったので売上には繋がった。


「岸部さん、先日も今日も本当にありがとうございました。途中で諦めかけていた自分が恥ずかしいです。まだまだ仲介は奥が深くて難しいと思いました。」

山本の素直な気持ちだった。

岸部の依頼や指示その他社内での応対をみていて手厳しいところは確かにある。しかし、部下や後輩に対して助け舟を出し状況を好転してくる上司である。現状においてまったく越えられない壁の高さを肌で感じたからでた言葉だ。

「まっ!山本君もこのペースでずっとやり続ければできるよ、若いんだから失敗しながら成長していきな。案件も結果違うビルに誘致できたんだから、君の案件として売上げ報告で良いよ」

「まあ、なんていうか置き土産ってことで」

「置き土産?」

山本は聞きなれない岸部の言葉に思わず聞き返した。

・・・・

「あぁ、そうか・・・言ってなかったね。」

風が通り過ぎる音が微かに耳に響いた。ほんの少しの間をあけて口を開く

「俺、会社辞めるんだよ」




主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます