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坪売り19

「山本君、達成です!」

「おめでとうございます!」

「山本、成長したじゃん!この1ヶ月ちょいの伸びすごいな、スランプ脱却だな」

社内で称賛の声を受けるが山本の心はここにあらずである。6月になり、山本の心は揺れていた

会社に黙って西新宿で会った岸部との会合の件、そして未だにグランドオフィス内で疑いが晴れていないという2件が大きく影響している。

一年以上世話になった会社だが居場所はすでにないも同然だ。自分の売上のために自ら案件を発掘し成約させる、売れば評価され褒められる。

表向き以前よりはマシになったが古株の社員からの視線は変わらない。

山本はこの晴れない気持ちを唯一の同期である石田に相談しようと持ちかけたところ、ちょうど石田から話があると逆に呼び止められた。

石田の内容を聞き出したかったのだが、此処ではまずいと釘を打たれ、職場から離れた場所で落ち合う事にした。

こじんまりとした神保町の中華料理店だった。何度か石田とはこの店で飲んだことがある。深夜までやっていて薄暗い店内、そしていつも人がまばらであるので金曜でも空いていてしかも安い。密会には最適である。

21時30分、現地待ち合わせで石田と山本は中華料理店の扉をくぐった。

いつも通りのまばら具合。早速ビールで乾杯した後に開口一番、石田が

「噂話の延長みたいな話だけど、顧客情報が流れている件、俺わかったわ」

山本はいきなりのビッグニュースに思わずビールを口からこぼした。

「おっおい!特選情報じゃない。で、出どころは?」

「同期の南野さ」「突然辞めただろう」

予想をしない石田から出た名前に驚いた。新卒同期、配属はオフィス営業ではなく総務経理のバックオフィスである。

「南野が、、なんで・・」

一瞬の静寂のもと石田が口を開く、その口調は確信めいたものだった。

「私怨   かな」

山本には不思議に思う。すでに会社に在籍していない南野が今更になって情報を流すのか。なぜそのことを石田が知っているのかである。

石田は少しづつ経緯を話し始めた

「ほら南野が辞めたとき、あのタイミングで総務の人たちが一斉に辞めたじゃん。送別会も無くておかしいと思わなかったか。俺はあの時おかしいと思って同期の吉岡と話をしたんだよ。ほら吉岡と南野は新卒女子だったし仲良かったからさ」

なるほど。山本と違い、しっかりと同期とのコミュニケーションをとっている石田に感心した。しかし本題はそこではない

「そうしてわかったんだけど、総務部長と南野が当時デキてたんだよ。秘密裏に・・・・」

「え、部長。だって妻子持ちだったよな!」

思わず山本も聞き返した。

「そう、、、」

「社内不倫ってやつ」

マジかよ、思わず山本は呟いた。そういう話が世の中にあるのは知っているが、まさか自分たちの社内でもあるのか。

「秘密の関係は、日が経つにつれて南野も悩みはじめて、新卒で仲の良かった吉岡にまずは相談したんだよ、ただ段々と周囲も感づかれちゃって巡り巡って俺のところにきたのよ」

山本は呆れた。

悩む様な関係であれば不倫などしなければ良いものの迷惑な話である

「情けないけど俺は力になれる事は無いし傍観者でいるしかなかった。結果として吉岡が騒ぎ立てちゃって社長の耳に届くことになった。ま、自業自得なんだけどさ。当然大曲社長は怒り心頭さ。ただあの人はあの人でこの問題を社内で広まらないようにもみ消す選択をしたんだよ」

「総務部の問題として、矛先を変えて処理した。事情を知っている人たちに圧力を与えて、退職においやったのが実態さ」

「会社としてクリーンな体裁を大事にしたかったんだろうさ」

淡々と話す石田はすでにどこか他人事だ。

「だけど、世間知らずで正義感の強かった吉岡は納得いかずに反発の上で退職。課長部長を越えて社長と直接ぶつかったみたいだけどさ・・・まぁ無理だよな新卒程度では」

「で、その話は課でも噂のタネになっていて、近しい人はみんな知ってた。直接は関係ないけど会社方針に不満をもっていた中堅層が他社に引き抜かれるタイミングと重なって今回に至ったってわけ」

「なんなんだよそれ、俺全然知らなかったよそんな話」

しかし、まだ山本は納得できていなかった。直接関係ない南野にとって、引き抜かれた社員に情報漏洩するような果たす義理は無い。

その表情に気づいた石田は付け加える

「宮本さんとか他社に引き抜かれたおっさん達がいただろ?その人達にとっては案件情報を持って転職したかったのよ。要は新天地に『お土産』をもっていきたかった。会社にも個人にも恨みがある南野の事情は知ってたし、絶好の復讐チャンスを持ち掛けて・・・て話さ」

「南野は事務作業を兼ねてデータ入力していただろ。社内の取引データや重説記録なんかもごっそり持っていける存在さ」

「だけどうち盗まれたと証明する術はない・・・よな」

と山本は確かめるようにそう尋ねた。

「そっあくまで想像」「半分は事実だけどな」

と石田は皮肉な笑みを浮かべた。

会社の偉い人たちはその経緯に気付かなかったからこそ山本石田を呼びつけたのだろう。見当違いも甚だしく、関係のない人間を問い詰めそして多くの信頼を互いに失う形となったのだ。

「だから、俺達が呼び出された時はむしろそっちの話だと思ったんだよ。まさかと思ってその後自分なりに調べた結論さ」

山本からそれ以上の質問は無かった。

陳腐な話である。内部情報が洩れその事情が私怨で、社内不倫して関係した新卒が辞めた。当人たちの問題が発端とはいえなんとも脆い。社会に出てあこがれたベンチャー企業の実態は砂上の楼閣であったのだ。


「だからさ」

「俺、辞めようと思う」

石田の目にはすでに決意の色が見える。すでに心決めていたようだ。

それは2名だけになった同志であり同期への最後の報告をすべく、今日は声を掛けられたのだ。

石田は地元福島に帰って教師になるつもりだった。すでに6月、タイミングとしては決して良くないが。まずは地元に帰ってゆっくりしてから地道にやるさとのことだった。


別れ際に石田は「東京は怖い街だったよ!」と笑っていた。諦めとは違う・・憧れていた街がいつしか自分の現実になって、そして悟った。自分の居場所はここではないと・・・そう思ったのだろう

・・・・

宣言通り7月の末に石田は会社を去った。

一瞬、大曲社長から安堵の表情が出ていた点を山本は見逃さなかった。経営陣や彼はまだ自分達を疑っているのだ。

これで山本も決意をする事ができた。そして、携帯電話を開き岸辺にメールを送る。

それは新卒として入社した会社への決別の意思であった。



主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます