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坪売り16

翌日、朝会社のエレベータに乗るのが憂鬱であった。月曜に連絡は無い、休むわけにもいかず出社するしかないのだが、日曜日の悪夢が呼び覚まされる。だいの大人数人に詰問されるような事はもう経験したくない。

オフィスフロアで自席に向かうと待ち構えていたのは城島だけだった。

「これ、お前たちのパソコンと携帯電話」

「結局、お前たちの携帯の通話履歴、メールからはそれらしい記録も内容も出てこなかった。今回はおとがめなしだと」

城島の発言には謝罪も申し訳なさもなく、ただ淡々と説明をしただけだった。日曜に自分らを守るわけでもなく今回の件を誤解だったと説明するでもなかった。

「それってどういう事ですか?」

「どうって、そのままだよ。事実この会社の中の顧客情報が他社に回っているのは事実だ。社長や営業1課はお前たちじゃないかと目星をつけていたがそれは違っていた。晴れて自由の身で仕事できるってことだ」

あまりに他人事のように言い捨てる城島に山本は怒りでこぶしを握り締めた。発狂してしまいそうだ。だが、ここで城島を殴ったことで事態は変わらない。つまり会社内から意図的に案件が流れている事実、そして社内にスパイのような人物がいるという事実以上の事はわからないのだ。

山本は肩を落とした。

切り替えるしかない。1日空いてしまったので慌てて月曜に連絡すべき顧客のフォローを開始した。それをみて納得したと思ったのか城島は席を離れた。

それから1か月近く過ぎたが犯人らしき人物は上がってくることがなかった。しかし山本、石田が呼び出されたことは社内のどこかでうわさが回ったのだろう。会社内では腫物にさわるような扱いを受け積極的に声をかけてくる社員はいなかった。

幸い営業活動に支障をきたすものは無く、顧客との関係や仲介にとっては順調であった。邪念を捨て自分の案件に対して電話と物件紹介、内見を繰り返していけば顧客は評価してくれる。

自分たちの売上が自分のプライドや存在意義として自身を支えてくれる。そういった思いで仕事に取り組めた事は大きかった。

・・

・・・・

気づいたら4月を迎えていた、ちょうど1年経ったのだ。石田と山本は期待に胸膨らませた新人1年目がようやく終わる。

社員が40名の成長中の仲介会社は20名の半分になった。月々の売上を達成していくのが精いっぱいだ。会社の雰囲気は全体的に回復の兆しはあるものの、社内での居場所は少なく石田と山本の心は晴れない。

あの1件のせいで山本も石田にも会社に対する愛社精神や会社に対する期待はすでに燃え尽きていた。いまは一人の営業として如何にして仲介をしていくか、そして早く岸部達のような『実力あるオフィス仲介担当』にならなくてはいけないという焦りがあった。

2006年4月14日金曜の夜。社用携帯がブルブルっと震えたので条件反射的にポケットから携帯電話を取り出した。金曜の夜のメールは大抵が迷惑なものだと頭で分かっているものの職業柄取らないと週明けに大炎上するという事も経験済みだ。

たたんでいた携帯電話を開き、恐る恐る内容を確認する。それは見覚えの無いアドレスだが見覚えのある名前だった

差出人:yasutoku.kishibe@----
件名: 岸部です。お久しぶりです


主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます