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ツボ売り6

「結果として御社を含めて2-3社がN.S.Eビルを検討しているという事です」インターセクション社内で緊張感の溢れる打ち合わせが行われた。

先日の内見から更に候補を挙げて、結局のところ物件は15棟にのぼった。岸部の持論では短期間で棟数を見る顧客は決まる可能性が高いとの読みもあり、とことん提案しようと方針転換を受けて手のことだった。

その分山本は追加で2棟の現地調査を行う羽目にはなったが、物件が大詰めという事もあり苦痛は感じられなくなっていた。当初はエリアを広げていたインセーセクション社であったが、千駄ヶ谷から区をまたがない渋谷という街で物件の選定を終えていた。

渋谷といえばビットバレーと言われ気に入らない競合企業も多いと最初は言っていたが逆にコストで考えると新宿よりは安いところも結果として候補に残った理由になったようだ。

対象のN.S.Eビルは渋谷から徒歩で8分程といった立地にあり決して駅近の物件ではない、しかし落ち着いたビルの印象と渋谷風の雑居感が無い落ち着いた物件だった。また若干駅前の喧騒から外れており落ち着いた環境で千駄ヶ谷と似ているのも高評価であった。

物件賃料はオーナーの腹積もりで坪19,500円が最大の交渉幅と言われている。ただし同タイミングで内見している顧客が1社いると聞いている。

「2-3社検討している場合はどうすれば、良いですか?」インターセクション社の社長も前向きな回答を示した。

「物件に引き合いが多い場合は、会社の与信力と金額で選ばれる事が多いです。現在貸主側は20,000円を下限と言っています。さらに1,000円引き上げましょう。」

「しかしそれで確実に抑えられるんですか?」

「保証はできません。御社はまだ設立して数年のベンチャー企業です、対抗馬が上場企業などであれば勝ち目は無いと思います。しかし、同列であればやはり賃料を上げた方に優先権があります。」

同席している山本はわからないことだらけだった。聞いたことも無い話を岸部はしている。そして山本もインターセクション社長もただ頷く回数が増えていくように思えた。

岸部は続けざまに

「与信に関しては私共でどうすることもできません。しかし我々は御社の代理店です。御社の事業概要について少なくとも貸主よりは熟知しています。今後の携帯電話ゲームの市場規模、そして携帯電話がによってインターネット上でゲームができれば顧客層は爆発的に伸びるという事を御社に代わって説明できます。」

インターセクション社長もこの発言には嬉しいのか顔が少し赤らんだのを山本は見た。自分がなりたかった社長と対等に話している社会人の姿を岸部は少なくとも体現している。

インターセクション社長も一人では判断がつかないという事で今日は一旦取締役を集めて方針を決めるという事だった。取締役といっても設立時の同級生3名らしく、本日中には回答しますという事だった。

「わかりました。ではここに、貸主側の20,000円の申込書と1,000円引き上げた21,000円の申込書を置いておきます。意思決定をした申込書に捺印をいただきFAXかメールを入れてください。どちらの条件でも競合との交渉は誠意を持って行います」

本日の打ち合わせは終わった。終始緊張感があったが、インターセクション社長にとってはN.S.Eビルに行きたいという意思は決まっている模様だ。

どの道、明日になれば申し込みを出すのだろうなというのは山本の目にも明らかだった。

帰社報告をして戻りの総武線に乗りながら、岸部は中づり広告を見上げながらつぶやいた

「21,000で出すと思うよ」

「なぜ、わかるんですか?ちょっと渋っていましたが、しかも金額が・・・」

「まぁ見てなって、俺の描いたようにこの案件は着地するから。無事契約したら山本君にもやり方教えてあげるよ」

釈然としなかったが、そう言って詳しくは語らなかった。

岸部のテクニックなのだろうか、そもそも釣り上げた賃料に乗ってこなかったらまた物件の探し直し・・また現地調査をしなくてはいけないという不安がふと脳裏をよぎる。

しかし山本の心配は杞憂であった。

事務所に戻ると岸部の机には坪21,000円で押印済みのFAXがしっかりと届いていた。打ち合わせが終わってからまだ1時間も経たずのことだった。




主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます