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坪売り10

ニューリアル社の総務担当はいら立っていた。営業会社にある光景だ。営業会社で強いのは圧倒的に営業だ。その分無理難題や雑務一般を総務担当が受けやすい、かくいうニューリアル社も同じなのだが、今回はオフィスの移転という会社の中でも優先度が高いプロジェクトである。

そこに対してやっと物件が定まり申し込みが成立して移転計画が落ち着こうという時に別の仲介会社から無理やりアポイントを入れられたのだから、そのいら立ちはまさに山本たちが到着した時が最高潮であった。

「だから、山本さん。前にも言いましたが今回は別の仲介会社さんに見つけてもらった岡田ビルでもう決まりなんですよ。今更仲介手数料を請求されようが物件にとって良い条件だろうが、我々の意思は揺るぎませんよ。」

「そもそも、岡田ビルを提案したのは御社ですが、熱意をもって紹介してくれたのは他社の仲介担当さんだったんですから…」

結果は見えている、山本は言葉に詰まった。

アポイントを無理やりこぎつけたがここまで不機嫌を露わにしている担当者をどうやって岸辺は口説き落とそうというのだろう。

一通り山本への愚痴ともとれるような文句や、物件への意思が固いという話、代表者もそれで同意しているという話を担当から聞いた後、岸辺が落ち着いた口調で語りだした。

「おっしゃる通り御社のご移転計画に対して文句や今更何かをしようということはありません。条件や今のオフィスからの近さなど踏まえても御社のご判断に間違いはないと思っています。」

では、なぜ今更?というのが山本からも担当者からも出ていた。岸部の考えていることが全く分からないという節だ。

「物件の謄本はちゃんと目を通されていますか?」

「謄本?」これには担当者も目を丸くした。

岸部は続けざまに

「やはり、そうですよね。山本が若い事もあって1つだけ懸念材料を説明していなかったと思いまして、どうやら他社もそこについては明言していないかと思ったのでご説明にあがりました」

「謄本に目は通しましたが、そこについて何か問題でも?」担当者も威厳があるのか、知らないとは言わせない態度だった。

「岡田ビルは現時点で問題ありませんし。根抵当が6億ほどついているのですが個人所有のビルで無借金のビルはそれほど多くありません」

うんうんと頷く

「この物件の貸主、平成4年と平成8年に差押えを受けています。相続などの税務面で差押えがはいるケースもございますが本件は所有者の移動は行われていません。当然税務面だとは思いますが、差押えを受けてしまった物件になった場合のケースも移転リスクとして御社が承知の上かという点を取り除きたかったのです」

そんな話は初耳だと言う、担当者。

「もちろん申し上げたように現時点では根抵当が6億円ほどついているだけですが、過去2度にわたる差押え、そして所有は個人のビルなのでその実情がわからない。だからこそ賃料が手ごろで早くテナント付けをしたい可能性まで加味しなくてはいけないのです」

「また、総務担当の方がそのリスクに気づいていない場合、結果として御社が迷惑被ってしまうので、御社内でリスクについて協議をお勧めします。重ねて山本がご提案した際にその部分の指導ができておらず失礼しました」

担当者も釈然としない表情ではありながらもその顔には不安の影がみえる。

「では、契約をしない方が?」

「そうとは言っていません。最終的には御社が決める事です。我々は物件を紹介します。ただしすべての物件について熟知しているわけでは無いのです。俯瞰して判断をいただきたいという事です」

担当者も一度代表に同意を取ってしまった以上今更という部分もあるだろう。今回はいちど申し込みをしている仲介担当者に伝えて情報を整理して代表と協議するとのことだった。

その2日後に、今度は代表者から直接呼び出しがかかるとはその時はまだ想像していなかった。

主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます