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ツボ売り1

街は変わった

景色だけではなく、街に暮らす人々の生活。そしてみている風景、時代すべてが変わった

東京に出てきてから20年、仕事をして一回りが過ぎた今。ずっと街をみてきた。六本木・渋谷・新宿・東京、どの街も15年経つと当時の面影は無く次の開発を目指すべく街の形が変わる。

すでに自分が知っている街は無い、だが変わらずこの街で仕事し続けている

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「衣食住は人の生活にとって絶対なくならない職業だろ、その中で一番儲かるのが住=住宅なんだよ。だから住に関わる不動産はなくならない、一生かけてやれる仕事って事」

当時このわかりやすい説明で山本は就職を決めた。決めたというよりは決めざるをえなかった。不動産が自分にとってこの冴えない日常から連れ出してくれるチャンスだと思って飛びついたのだ。

2005年秋
山本にとっては悪夢のような1年間だった。就職氷河期が終わったと言われ始めたその時、中流以下の大学を卒業見込みだった山本のもとに内定は無く、同期が就職を決めて卒業旅行の打ち合わせを始めているのに自分だけ未来が決まっていない。

そんな大学4年の6か月が過ぎていた。

田舎に戻れば、それなりの就職口はあったかもしれない。しかし長野を出るときに同級生に大口を叩いてしまった自分を恥じても仕方ない。今さら戻ることはできないのだ。

それは山本の中に残る小さなプライド・・いや、『地元<東京で働く自分の姿』といった《見栄》ともいえる一粒の希望だった。

背に腹は代えられない時期外れの活説明会。
不動産営業という最も自分がやりたいと思っていない職種に飛び込んだのもそういったプライドと内定が未だ0という自分に対する焦りが大きい。

大手企業がこぞって開催する新宿NSビルといった大きな会場ではなく、その会社があるという日本橋本町の小さなビルの中にある会議室スペース。

就職説明会といってもこの時期にやっているだけあって参加者も自分と同じ身分なのだろうか、顔色は土気色でいかにも早く就活を終えたいという疲れがみえている。

「君はどうして不動産を受けようと思ったの?」

となりに座っているいかにもな大学生が声を掛けてきた。急ごしらえで黒染めしたバサバサの髪質、耳にはピアスの穴の跡が数個は空いている。確実に就職活動でウケない風貌だと思っていたがその表情に暗い影は無かった。

「いやぁ、全然内定が出なくて目指す業界を変えようと思ったんだけど中々この時期説明会からやっている企業が無くて」

山本は濁す

「そうなの?俺はもう内定もらっている食品会社があるんだけど、やっぱり不動産は稼げるって話を先輩から聞いたから無名でも、いっちょ挑戦しようと思ったのよ。ほら就職氷河期の先輩だったから良いとこいけなかったけど、いま結構稼いでるって話聞いてサっ心揺らいじゃったのよ!」

聞いてもいないことをベラベラ話す男の名前は石田といった。
あぁこんなヤツと一緒に働くのか、だから不動産は嫌だと本能的に感じ取った。

山本にとって石田のようなキャラクターは対極だ。

部屋の明りがワントーン落とされ、説明会が始まる。大手企業にありがちな司会の進行や事業説明は無く、いきなり社長が登壇する。

中小企業では見慣れた光景だが、この社長登壇。尚且つそこそこのスペースしかない会場は学生たちの熱気と薄い酸素濃度で少し湿った空気感が充満する。

「社長の大曲です!本日はお越しいただきありがとうございます。今回は弊社の大事にしているモットーとオフィスの仲介という皆さんに馴染みのないであろう業界について説明します。」

思ったより紳士的だなと山本は思った。


そもそも不動産ならば日焼けした社長が金のロレックス、というような思い込みがあった。しかし今目の前にいるのは如何にも普通の企業勤めのサラリーマンといった特徴の無い紳士的な人物だった。

山本にとっての印象は大いに向上した。

「オフィスの仲介は、オーナーとオフィスを探している顧客を結び重要な意思決定を手助けする仕事です。テレビにも出ませんし、一般的な認知も低いです。オフィスを移転する時には数百万円から数億円規模のお金が動きます。そういった意思決定を支援する為になくてはならない仕事です」

「皆さん、不動産というから煌びやかな業界で金儲けというイメージがあるんじゃないでしょうか?」

「不動産のそういった側面は否めませんが、我々の仕事の顧客は主に企業の総務部長や社長です。そういった経営陣に誤解を招くような恰好では仕事に望めないので私はシンプルでかつ清潔感を重視しています」

山本にとって一連の説明は、とても腹落ちする内容だった。隣で聞いている石田も先ほどまでの舐めた態度は消え、集中して話を聞いている。会場が狭いせいもあるのだろう。全体から先ほどの湿気とは異なる熱気を感じた瞬間だ。

その後、事業部長や広報部などが代わる代わる事業説明を行うが彼らも誠実そうな印象を受けた。

不動産という悪そうな雰囲気を自らが勝手に作り上げてしまっていただけで、もしかするととても重要な仕事なのではないだろうか。不安は払拭され、少々のあこがれを持って山本はエントリーを決めた。

東京ではたらく

きっかけは些細な見栄だが彼は知らぬ間に顧客と商談を進めている自分の姿を想像し始めた。


主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます