とことこ日記。

ー現実は小説より奇なりー 高校時代から10年間、自身の希望で親元を離れ渡米。アメリカで…

とことこ日記。

ー現実は小説より奇なりー 高校時代から10年間、自身の希望で親元を離れ渡米。アメリカでの極貧生活、大学、就職を経て、自分の可能性を日本で試したくなり帰国。その後企業に5年勤める。結婚、夫の不倫。妊娠、出産。年子3人の子育て。離婚。現在はトランスジェンダーのパートナーと生きる。

最近の記事

三線の花

全部が苦しかったわけじゃない。 楽しい時間もあった。 幸せな日々も確かにそこにあった。 ただ、孤独がもう拭えなくなったのだ。 そこに居るように扱ってはもらえないのに "家族"でいることが 「これはきっと幸せなことだ」と 自分なりの世間体と社会の答え合わせだけで なんとか自分の存在と正当性を成り立たせようとしていた。 そんな虚しい日々の中での ほんの小さな幸せなヒトカケラが たまに思い出の曲と共に自分の中に流れてくる。 あの時を生きていたんだ、と。 自分の中で少しだけ煌めいて

    • 「私」の肩書き

      離婚してから見える世界。 とにかくこの1ヵ月半、心がついていかなかった。 「ひとり親」「シングルマザー」「バツイチ」 どれもおそらく私だが、しっくりとくる肩書きはない。 ーーーーー 2021年9月4日21:49に書いて、今になるまで投稿できなかった。

      • 昨日、離婚した。

        とりあえず今の気持ち。 ぐちゃぐちゃ。 罪悪感、疲労感、喪失感、虚無感、とにかく自分にもっとできることはなかったのだろうかという気持ちが自分を攻撃してくる。 でもいつからか、この「結婚」が他人事になってしまっていた。 そこには「自分」がいなかった。 思いきり「楽しむ」とか、「喜ぶ」とか、そういうことはセーブしてしまっていた。 「母親」とか「妻」とか、そういう役割を演じることに必死になって、どこかに「自分」を置き忘れてきてしまったのだ。 それに気づいてしまった。

        • 現実は小説より奇なり。

          とはよく言ったもの。 気づけば10代を終え、20代を終え、30代を終えようとしている今、ふと考えることがある。 「自分の人生を仮に80年と考えた時、今で約半分。だとするとこれまでの人生分をもう一回生きることができる。」 これまでの自分の人生を振り返ると、そこには「今の自分」をつくっている体験や出逢いが存在し、礎となっている。それらを紐解いていくことで、自分という人間を知り、その上で、私に残っている"もう一度分の人生"としっかり向き合える気がしている。 Calling