地蔵調査官(シナリオ)③
23地蔵寺・外観(夕方)
夕日に染まる地蔵寺。
ゴーンと辺りに響く鐘の音。
24母屋・居間(夜)
席に着き、玄宗を待つ公子と灯。
玄宗、入って来てテーブルを見て、
玄宗「どうしたんだ、これは?」
テーブルには一人一つずつパンが置かれている。
公子「どうもこうもないよ。うちの食料はあの物乞い坊主が全部食っちまったよ!」
玄宗「…冗談はよしなさい」
公子「冗談でもなんでもないよ!」
25同・客間(回想)
一人前の食事をテーブルに配膳する公子と灯。
公子「さあ、どうぞ」
行者、ものすごい勢いで食べ始める。
驚く公子と灯の顔。カチャカチャと食器の音が響く。
あっという間に食べ尽くし、
行者「全然足りぬ。もっともらえぬか?」
公子「……」
公子、忌々しげに行者を睨む。
26同・台所(回想)
公子、皿を乗せたお盆をガシャンと流し台に置き、
公子「物乞い坊主め!図々しいにも程があるよ!ふざけやがって」
流し下から木製のたらいを取り出し、その中にご飯を入れていく。初めはしゃもじを使っていたが、途中から面倒になって釜ごとひっくり返す。
公子「あつっ、畜生め!」
公子「灯!これを持って行って脅かしてやりな!」
灯 「えっ?」
公子、冷蔵庫を開け、ありったけの食材を大皿にのせながら、
公子「灯、早くそれを持って行きな!」
灯 「は、はい」
灯、たらいを持ち上げる時、あまりの重さに、
灯 「うぅ」
と、必死な形相で台所から出て行く。
27同・客間(回想)
公子、大皿をドンっとテーブルに置く。テーブルの上に所狭しと料理が並ぶ。
公子「(ニッコリと作り笑いして)どうぞ。まだまだおかわりはありますので、どんどん食べてください」
行者、突然手掴みで貪るように食べ始める。
唖然とする公子と灯の顔。人のモノとは思えない激しい食事音が響く。
たらいを片手に持ち上げて、米を口に掻き込む行者。
公子「ひぃ!」
公子、思わず腰を抜かす。灯も驚愕の表情。
行者、平然と食べ尽くし、たらいをドンっとテーブルに置き、
行者「全然足りぬ。もっともらえぬか?」
28同・居間(夜)
話を聞き、呆然と口を開ける玄宗。
公子「あんな大食らいをこれ以上置いとくわけにはいかないよ!明日の朝には必ず帰らせてくださいよ」
玄宗「うむ…」
公子「灯、あんたがあんなものを拾って来るからこんなことになるんだよ。一体、どこまでうちに迷惑をかければ気が済むんだい?!」
灯 「…ごめんなさい」
29地蔵寺・境内(翌朝)
庭園に差し込む朝日。敷き詰められた白い砂利がギラギラ光る。
地蔵の周りをチュンチュンと跳ね回る雀達。
30母屋・客間
法衣を着た玄宗が襖の前に立ち、
玄宗「行者さん、おはようございます。お身体の具合はどうです?」
行者「ああ、大分良くなった」
玄宗「開けてもよろしいですか?」
行者「どうぞ」
玄宗「失礼しますよ」
玄宗、襖を開けて中に入る。
布団はたたまれ、行者は身支度を整えている。
行者「出立の前に本堂を拝観したいのだが」
玄宗「ええ、結構ですよ。ではこちらに」
客間を出る二人。
31地蔵寺・本堂
須弥壇には大小様々な仏像が並び、煌びやかに装飾されている。中心の宮殿には一際立派な地蔵菩薩が祀られている。
玄宗「どうぞこちらです」
扉が開き、玄宗と行者が入って来る。
行者、中央で立ち止まり、真直ぐに須弥壇を見つめながら、
行者「ここで読むのか?」
玄宗「え?」
行者「ここで読経するのかと訊いている」
玄宗「ええ、そうです」
行者「今朝は聞こえなかったが」
玄宗「…ええ、今朝はちょっと体調が優れませんで」
行者「昨夜も聞こえなかったが」
玄宗「ええ、昨日もちょっと…」
行者「最後にここで読経したのはいつだ?」
玄宗「はは、えーと、たしか…」
行者「教えようか?四十九日前だ」
玄宗「ははは、ご冗談を。最近は住職の仕事も色々と増えましてな。中々時間が取れないのですよ」
行者「では、いらないね?」
玄宗「は?」
行者「では、本堂はいらないね?」
玄宗「…(急に低い声で)あんまり坊主をからかうもんじゃない。バチが当たりますよ」
外から公子の声ーー。
公子「あんたー!檀家の金城さんから電話だよー!」
玄宗「しばし失礼します。ゆっくりご覧になってください」
と、本堂から出て行く。
行者、険しい表情で地蔵菩薩をじっと見つめる。
32母屋・玄関
玄宗、ニコニコと受話器を耳に当てて、
玄宗「はい、はい、では明日伺います。はい、よろしくお願いします」
受話器を置き、ほくそ笑む。
玄宗「ふははは!儲かった、儲かった」
浮かれながら小走りで本堂へ向かう。
33地蔵寺・本堂
玄宗、再び中に入る。
玄宗「もう十分見物できましたかな?」
本堂の有様を見て腰を抜かす。
玄宗「ああーーー!!」
その声を聞いて公子が駆けつけ、
公子「あんた!何かあったのかい?」
公子も本堂に入る。
玄宗「あっ、あっ」
と、須弥壇の方を指差す。公子、そちらを振り返り、
公子「きゃーーー!!」
見ると本堂にあった須弥壇の仏像や装飾が全て消えている。
玄宗、辺りを見回すが行者の姿もない。
玄宗「あの行者だ!少し目を離した隙に!」
公子「あかりー、あかりーー!!」
公子の声で灯も駆けつける。
灯 「はい、何でしょうか?」
公子「あの物乞いを見なかったかい?」
灯 「いいえ、見ません」
公子「あんたのせいでとんでもないことになったよ!」
灯 「え、とんでもないことってなんですか?」
公子「本堂の物が全部盗まれた」
灯 「…どういう意味ですか?」
公子「何もかもなくなってるじゃないか!」
灯 「…いいえ、いつも通りですよ?」
天井から吊るされた煌びやかな蓮笠瓔珞や燈篭。左右に並ぶ金色の常花。真ん中の宮殿に祀られた立派な地蔵菩薩の御本尊。灯の目にはいつも通りの本堂が映る。
公子は顔を真っ赤にして怒り、
公子「何言ってんだい!馬鹿!」
灯 「でも、本当に何も盗まれていません!」
公子「うるさい!」
公子、平手で灯を殴り飛ばす。
公子「あんたのせいで!あんたのせいで!」
公子、さらに灯を殴ろうと構える。
突然、何もない空間から、チーンとお鈴の音が聞こえる。チーンチーン…と連続して音が鳴り、公子はぞっとして固まる。
灯、音の方に目をやると、行者が須弥壇の上でお鈴を叩いているのが見える。
行者「因果の源として、見えざるものがこの世を造る。これ即ち、色即是空空即是色の理なり」
行者、須弥壇の中心に祀られている地蔵菩薩の中へと消えていく。
玄宗「…もう良い。いずれにしても人間の業ではないわ。二人とも、このことは他言するなよ」
ーー続くーー
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