酒の夢
冷たい。とても冷たい風が皮膚に刺さる。波の音が耳を叩く。白い光が瞼をこじ開けた。
目が覚めた。
日本最北端の地
どういうことだ?俺の住む場所は網走だ。
石階段から体を離し、起き上がる。顔を上げて周りを見渡すも見覚えのない土地だった。目の前には三角状の石でできたオブジェと、先が見えない水平線が広がっている。
これは現実ではない夢だ。
これより前の記憶が、思い出せない。
俺の体は飲みすぎてまた、どこかで寝ているのだろう。だから、視界が少しぼやけているだけだ。
しかし、どうしたものか。
『日本最北端の地』この単語を見れる土地は多くはない。
稚内。まさか行ったことのない土地の夢で見ることができるとは。
取引先の会社のミスを俺に全て押し退けた会社の忌々しい記憶が蘇る。いや、そんなことより、今はこの夢の中の稚内観光でも楽しもうじゃないか。
ふらっと目の前の歩道に出て、家が立ち並ぶ方へ引き寄せられるように、振らつく足を伸ばす。家々の間を少し歩くと小さな商店が目に入った。俺はなぜか、その小さな商店が気になった。気づいた時には商店の戸に手が伸びていた。
少し海風で錆びついた戸を横へ押しやって店に入いると
「いらっしゃい」
レジの奥の方から声が年老いた女性の声が響いた。
何気なく飲料水コーナーのミネラルウォーターを手に取り、
「なあ、おばちゃん。レジお願い」
手にとったミネラルウォーターをレジ台の上に置いた。その音に反応するかのようにおばちゃんの返事と、足音が奥から聞こえてくる。そしておばちゃんがこちらを見た途端、目を大きく見開いた。俺の顔によほど変なものがついているとでもいうのか。
「あら、またあったね。外の天気が悪そうだったけど、雨は降らんかた か?」
「ん、どういうことだ。一度でもあったことがあったか?」
「何言ってんの。今朝、機嫌よくあいさつしてくれたべさ」
予想外の言葉に幻想世界から現実世界に引き戻される。視界がはっきりした。途端にスマホを確認した。
会社からの二桁の着信履歴に血の気が引いていく。
「頼む、おばちゃん。今から車をしてくれないか!」
「私は車持ってないんだよ。網走のお土産をもらったのに、お礼ができなくてごめんねぇ」
いや、他にも網走まで帰る方法があるはずだ。そうだ、俺はどうやって稚内まで来たんだ。
「おばちゃん、俺は誰とここに来ていた」
「何言ってんの。あんたは髭男と一緒にいたじゃないか」
髭男とは。そんな奴に心当たりはない。
「まさか、あんた、置いてかれたのかい。かわいそうだね」
「そうか、ここに俺は置いてかれたのか」
すっと。体から心が遠くなって行くのを感じた。
お会計が終わったミネラルウォーターを手に取り、海風で錆びた扉を退け出た。
外の世界は遠くを見渡せないほど、霧に包まれていた。
霧で視界が狭い歩道を歩く。
遠くから防波堤に阻まれる波音だけが聞こえてくるだけだった。