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布団の中の天国


 遠くから頭を叩くような電子音がだんだんと強くなってきた。
 カーテンの縫い目の間を抜けて光が肌に差し込んでくる。
 外部の刺激が警告を鳴らすも、頭と体がそれを無視して温もりに逃げ込んだ。
 俺はこの心地の良い温もりから脱出しないといけない。
 頭ではわかっている。
 わかっているも、外の爽やかな空気は地獄のように感じた。

「う、うっ……」

 頭が冴えきるのを否定するかのように声を漏らした。
 まだここにいたい。 
 頭の睡魔もまるで天使かのように俺を布団の温もりに誘った。
 頭を叩きつけるまでに大きくなった電子音で、俺の目が刺さるような光を認識し始めた。
 手を伸ばし手探りでスマホを探し、画面上の時計で頑丈な目を何とかして開け、時間を確認する。
 
 七 三〇
 
 これは、まだセーフだ。
 今から起きて、ご飯を食べて一〇分。シャワーを浴びて身支度して、一〇分。八時に出るとしてもまだ十分の余裕がある。
 その余裕があるなら、まだ一〇分は寝れる。時間を効率的に使うべきだ。
 そして、目を閉じた。がまた叩きつけるような電子音が鳴った。
 手元に残っているスマホの画面を重たい瞼から覗いた。
 
 七 四五
 
 えっと……だから、五分でご飯を食べて、十分でシャワーと身支度をすれば大丈夫だし、何ならご飯は食べなくてもいい。大学の休み時間にご飯を食べればいい。一限ぐらいなら我慢できる。
 目を閉じた。電子音がまた鳴った。
 再び重たい瞼から覗いた。
 
 七 五〇
 
 あれ……そうだ。ご飯は食べないんだった。だから、一〇分で身支度して、家を出れば大学まで間に合う。
 俺は授業の単位を落とすわけにいかない。この一限目の授業はもうすでに二回行っていない。
 出席自体が単位に直結する授業で、すでに二回も行っていないのは、単位を落とす前兆みたいものだ。まだ大丈夫と隙をみせるとサボり癖がついていまい、すぐに単位を落としてしまう。自分でもわかっている。
 単位を落として留年した自分を想像すると、布団の中は焦りや不安で約熱地獄と化した。
 俺は飛び上がった。
 
 八 〇〇
 
 急いで家を出た。
 俺が気がつかないうちに、天と地が入れ替わっていた。

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