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入試か

薄暗い山道
断崖絶壁
細い橋を渡りたどり着いた
崖にあるバーカウンター

背もたれのないハイチェアに腰掛ける

ガタガタとして安定しない椅子だ

背後に目をやると
底の見えない闇が広がっていた

崖のギリギリのところに客の椅子を置いている

なんてバーだ

座るなり
俺は緊張している

それは決して椅子の位置のせいではない

なるべく田舎者だと悟られないよう
いつも来ている風に酒を注文する

ロックのウイスキーかカクテルかわからない
小さめのグラスに注がれた液体

とりあえず飲む

なんだかよくわからないが
ほろ酔いになる

しばらくして
「何が好きですか」
マスターは俺に問う

試されている

酒好きかどうか見定められている

「あー、日本酒ですかね」

この回答は本当だ

「まじすか!?日本酒いいですよね」
やばい。間違えたかもしれない
次にくる質問は日本酒の種類だ。

「日本酒だとなにが好きですか?」

それみたことか。

俺は日本酒は好きだが、良し悪しを知らない。

なんとなく、日本酒の甘くて酒臭い感じが好きなだけなのだ。

「あー」

俺は思考を巡らす。

本当に好きなのは濁り。カルピスみたいで飲みやすいから。

でも、濁りと言ったら素人だと思われるんじゃないか。 
失格だろ。

思い出せ、思い出せ。
今まで飲んできた日本酒の数々を。
バカ舌の俺は基本的になんでも美味しいと思ってしまう。
やはり、良し悪しがわからない。
今まで飲んできた日本酒を俺の記憶の棚からピックアップする。

「あー、えーっと、雪男ですかね」

緊張が走る。
目の前は真っ白だ。

「まじすか!?雪男美味いっすよね!」
マスターは言う。

これは正解か。
マスターの隣の若くて大人しい女が差し出す
「雪男です」

底の平らな小さい輝くグラスに注がれたそれはどうも雪男らしい。
「あ、どうも」

これだ。
これだ、これだ。
バカ舌だったとしても、やはり俺は雪男が好きだ。
輝くグラスのそれを早く飲み干したい。

グラスを口につけた、
その時、
崖は崩れた。

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