童話「クヌギとライオン」
ずっと一緒にいようね。
ずっと仲良しでいようね。
なんども約束したのに、きみはいなくなった。
子供のときの約束を忘れられなくて、いまもまだきみを探している。
*
一頭のライオンが歩いています。ふさふさのたてがみに、引き締まった体。
すこし前まで王だったライオンは、息子が立派に次の王となるのを見届けると、一頭きりで旅に出ました。小さいころに離れ離れになってしまった友達を探すためです。
ずっと会いたいと思っていましたが、王としての仕事があるため、旅に出ることができなかったのです。
行く先々でライオンはたずねます。
「わしの指先ほどの小さな子を知らないか? くるくると回って踊るのがうまい子だったのだが」
けれどもだれもその子を知りません。キツネもリスもネズミもヘビも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
そのたびにライオンはがっかりして、また旅を続けるのでした。
ライオンもあのころからずいぶんと大きくなったので、友達も大きくなっているかもしれません。けれどもライオンが思い浮かべることができるのは、あのころのままの、まあるくて小さな友達の姿だけなのです。
もうどれほど旅を続けたことでしょう。
ライオンはたずねます。
「小さな子を知らないか? わしの指先ほどの小さな子だ。くるくると回って踊るのがうまいんだ」
けれどもだれもその子を知りません。ウサギもシカもウマも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
そのたびにライオンはがっかりして、また旅を続けるのでした。
ライオンは、いつしか遠く遠くまで来ていました。
あたりに動物の姿はなく、目の前には小さな丘があるばかりでした。てっぺんに一本の大きな木が見えます。
「ひとまずあそこでひと休みしよう」
ライオンは疲れた足を引きずりながら丘をのぼりました。
それから木陰でごろりと横になりました。さらさらと葉の音がここちよく耳に届きます。木の幹に寄り掛かると、ほんのりあたたかくて、とても安心できました。
ライオンはなんだか眠くなって、そのまま目を閉じました。
ライオンが目を覚ますと、地平線から朝日がのぼってくるところでした。丘についたのはまだ日が高いころでしたから、昼下がりも、夕方も、夜も、ずーっと眠り続けていたことになります。
「ふぁああ。よく寝たなあ」
大きな口をあけ、前足をそろえて伸びをしていると、くすくすと笑い声が降ってきました。
「おはよう。ライオンさん」
声の主を探して、ライオンはあたりを見渡しました。けれども、木を中心に四本の道がのびているだけで、動くものは見当たりません。
「ここよ、ここ。わたしはクヌギの木」
木の枝が揺れて、葉がさらさらと鳴りました。
「おや。これは失礼。あなたに寄り掛かって寝てしまったようだ」
「いいのよ。あなたがいてくれて、わたしもあたたかかったわ」
「旅をしていて、こんなに気持ちよく眠れたのは久しぶりだよ」
「あらすてき。旅するライオンさんなのね」
「子供のころに離れ離れになった友達を探しているんだ。そうだ、クヌギさん。小さな子を知らないか? わしの指先ほどの小さな子だ。くるくると回って踊るのがうまいんだ」
「残念だけど知らないわ。この丘にはだれもいないもの。でも道の先にはいるかもしれないわね」
クヌギは四方向に枝をふりました。ライオンが枝の先をながめます。この丘を中心にして、東西南北に道がのびています。
「よし。まずは東の道へいってみるよ。わしが帰ってくるまで待っていてくれるかい?」
「もちろんよ。わたしはずっとここにいるわ」
ライオンは安心して歩き始めました。
「あ、そうだわ。待って、ライオンさん」
クヌギは急になにかを思い出したようです。ライオンは足を止めてふりかえりました。
「クヌギさん、どうしたんだい?」
「お願いがあるの。わたしも小さいころに離れ離れになった友達がいるの。ここから動けないわたしの代わりに探してきてくれないかしら?」
「ああ、いいとも。どんな子なんだい?」
「ふわふわの毛並みの……いいえ、わんぱくでいつも転がっていたから、もじゃもじゃの毛並みをしていたわ」
「もじゃもじゃな子だね。わかったよ。探してみる」
「ありがとう。よろしくね」
ライオンはガオーと一声ほえると、ふさふさのたてがみをなびかせて走っていきました。そんなライオンの姿が地平線の向こうに消えるまで、クヌギは枝を振り続けました。
ライオンは、東へ向かいました。
東の道の先には湖がありました。
湖のほとりで、ライオンはたずねます。
「くるくる踊る小さい子と、もじゃもじゃな毛並みの子を知らないか?」
けれどもだれもその子を知りません。ハクチョウもアライグマもカメも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
ライオンはがっかりして、来た道をもどりました。
「ただいま。見つからなかったよ」
「おかえりなさい。だいじょうぶよ。道はまだ三本あるわ」
歩き疲れて座りこんだライオンをクヌギの枝がやさしくなでます。
「なんて立派なたてがみなんでしょう。わたしの友達にはなかったものだわ」
「きみはなんて大きいのだろう。わしの友達とは大違いだ」
「ライオンさんはわたしの友達とはまったく違うのに、なぜだかあの子を思い出すわ」
「わしもだよ。クヌギさんはわしの友達とはまったく違うのに」
「ふしぎね」
「ふしぎだな」
ふたりは夜が更けるまで、語り合いました。
春の日には友達と花畑で転がって遊んだことなどを話したのでした。
ライオンは、南へ向かいました。
南の道の先には川がありました。
川岸で、ライオンはたずねます。
「くるくる踊る小さい子と、もじゃもじゃな毛並みの子を知らないか?」
けれどもだれもその子を知りません。アユもビーバーもカエルも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
ライオンはがっかりして、来た道をもどりました。
「ただいま。見つからなかったよ」
「おかえりなさい。だいじょうぶよ。道はまだ二本あるわ」
ふたりは夜が更けるまで、語り合いました。
夏の日には友達と水に浮かんで遊んだことなどを話したのでした。
ライオンは、西へ向かいました。
西の道の先には森がありました。
森の中で、ライオンはたずねます。
「くるくる踊る小さい子と、もじゃもじゃな毛並みの子を知らないか?」
けれどもだれもその子を知りません。サルもイノシシもタヌキも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
ライオンはがっかりして、来た道をもどりました。
「ただいま。見つからなかったよ」
「おかえりなさい。だいじょうぶよ。道はまだ一本あるわ」
ふたりは夜が更けるまで、語り合いました。
秋の日には友達と枯葉を踏み鳴らして遊んだことなどを話したのでした。
北の道の先には岩山がありました。
岩山の上で、ライオンはたずねます。
「くるくる踊る小さい子と、もじゃもじゃな毛並みの子を知らないか?」
けれどもだれもその子を知りません。ヤギもタカもオオカミも、だれひとりとしてその子を見たことがないといいます。
ライオンはがっかりして、とぼとぼと来た道をもどりました。
「ただいま。見つからなかったよ。すべての道をいってみたけど、どこにもきみの友達はいなかった」
「おかえりなさい。だいじょうぶよ。小さいころの友達には会えなくても、いまのわたしにはあなたがいるもの」
「わしの友達になってくれるのかい? もじゃもじゃなきみの友達とはちがうのに?」
「ええ。たしかにわたしの友達はライオンさんみたいなたてがみはないし、ガオーとほえたりもしなかったわ。でもいまはライオンさんと一緒にいたいの。わたしの友達になってくれる?」
「もちろんだとも!」
「ほんとうに? くるくる踊るあなたの友達とはちがうのに?」
「ああ。たしかにわしの友達はクヌギさんみたいに大きくないし、大地にしっかりと立ってもいない。でもいまはクヌギさんと一緒にいたいんだ。それに……」
「それに?」
「わしはもう疲れてしまったよ。すっかり老いてしまって、もうどこへも行けそうもないんだ」
それからふたりは、冬の日には友達と星空を眺めたことなどを話したのでした。
「わたしたち、同じことばかりしていたのね」
「ほんとうだ。まるで探していた友達みたいだ」
「ねえ、ライオンさん。わたしにのぼってらっしゃいよ。ここからは星がよく見えるのよ」
「それはいいね」
ライオンはクヌギの木にのぼり、太い枝の根元に横たわりました。クヌギがやさしく抱きしめます。
「ああ、いい具合だ。星もきれいだ」
「ええ。とっても。ひとりで見るよりずっときれい」
ふたりは星空の下で語り合いながらいつしか眠りに落ちました。
クヌギは夢をみていました。
夢の中で、クヌギは小さな子供でした。まだこんな大きな木ではなくて、たった一粒のどんぐりでした。まあるい小さな体でくるくると回って踊ってみせると、友達が真似をして地面をごろごろ転がりました。友達のふわふわな毛並みはもじゃもじゃになりました。それを見てクヌギが笑うと、友達も笑いました。
やがて、クヌギは大人になるために、長い眠りにつきました。目覚めたら知らないところにいました。眠っている間に鳥に運ばれたようです。まあるい小さな体のてっぺんから、葉っぱが生えていました。そして、ながい年月をかけて、大きな木になりました。
ああ、わたしの姿は変わってしまった。これでは友達と会っても、わたしだとわからないかもしれない。クヌギは夢の中でそう思うのでした。
ライオンも夢をみていました。
夢の中で、ライオンは小さな子供でした。まだたてがみもなくて、ガオーとほえることもできませんでした。友達が小さな体をくるくると回すのがうらやましくて、真似をしました。毛並みがもじゃもじゃになると、友達は笑いました。友達が笑ってくれたことがうれしくて、ライオンも笑いました。
やがて、友達は大人になるために、長い眠りにつきました。友達が眠っている間に、ライオンは王座を継ぐことになりました。
「きみが目覚めるころにまた来るね」
眠る友達に声をかけましたが、聞こえていないようでした。
立派な王となった姿を見せようと友達に会いにいきましたが、どこにもいませんでした。ライオンはガオーとほえました。
ああ、わしの姿は変わってしまった。これでは友達と会っても、わしだとわからないかもしれない。ライオンは夢の中でそう思うのでした。
「ライオンさん。ライオンさん。お寝坊さん。すてきな朝日よ」
ライオンはよほど疲れているのでしょうか。クヌギが声をかけても眠り続けています。
「ライオンさん。ライオンさん。今夜もきれいな星空よ」
クヌギの枝に抱かれたまま、ライオンは眠り続けます。
「ライオンさん。ライオンさん……」
ライオンはもう目覚めることはありませんでした。
その後、クヌギは何年も丘に立ち続けました。クヌギはライオンよりもずっとずっと長生きでした。いくつもの朝日といくつもの星空をながめました。クヌギは、その身が朽ち果てるまで、ライオンと一緒にいました。