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スマホはメンタルヘルスを救わない

最近、「集中力」の維持や「忍耐力」をもつことの難しさを感じています。いずれも加齢とともに衰える機能だとは思いますが、弊社で携わる若い患者さんたちを見ていても不安になることがあります。

「忍耐力がない」=我慢ができないという傾向はとくに顕著です。自分が「こうしたい」「欲しい」「知りたい」と思ったことに対して「待つ」ことができません。

たとえば、病院の売店や施設周辺の店舗では手に入らない日用品や娯楽品など、患者さんから買い物を頼まれることがあるのですが、ブランド等の指定も細かく、その上、「すぐに用意してほしい」などと言われます。こちらも御用聞きではないので、「時間があるときに買いに行くので、今すぐは無理だよ」と告げると、「じゃあいつなの」と執拗に答えを求められます。何度も電話をかけてきて進捗状況を尋ねてくることもあります。

買い物は分かりやすい例ですが、コミュニケ-ションの大半がこういった体で、常に焦燥感に苛まれているように感じられます。こちらがサイズや色をうっかり間違えたり、日程の調整がつかなくて延び延びになってしまったりすると、善意でやっていることなのに、「ちゃんと仕事してよ!」などと言われることもあります。

集中力のなさや忍耐力の欠如、焦燥感などは、病気や障害による影響も少なからずあるとは思います。しかしスマートフォンの台頭による影響も大きいのではないかと、常々思ってきました。今やスマホが一台あれば、何でも簡単に調べられ、欲しい物も買えます。その便利さが、人間から集中力や忍耐力を奪っているのではないか。そんな風に感じていた折りに、衝撃的な本を読みました。

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「スマホ脳」(アンデシュ・ハンセン著・久山葉子訳)新潮新書

本書では、スマホが脳に与える影響(おもに悪影響)について、さまざまな研究結果をもとに論じられています。2011年に、iPhoneが年間1億2000万台を売りあげる存在になった頃から、精神的な不調を訴える若者が増えたこと。熱心にスマホを使う人ほどストレスの問題を多く抱えている率が高く、うつ症状のあるケースも多いこと。

著者は、スマホを使いこなせるほど人間の脳は進化に追いついていないと述べています。

毎分1億8700万通のメールと3800万通のチャットが送信されている。それと同じ1分間に400時間分の動画がユーチューブにアップされる。さらに、370万件のグーグル検索と50万件のツイートが行われ、出会い系アプリのティンダーでは100万枚の写真が右へ左へとスワイプされている。そのスピードは日に日に速くなるばかりだが、洪水のようなデジタル情報を処理する脳は1万年前から変わっていない。

弊社の知る限り、少し前まで、精神科病院ではスマホやゲーム機の持ち込みが禁止されていることが多かったのですが、病棟によってはOKの病院も増えています。

せっかく心身を休めるために入院をしたのに、暇さえあればスマホを眺め、ゲームに勤しむような生活はいかがなものか……と、わたしなどは思ってしまうのですが、スマホ禁止を掲げると、患者さんから「人権侵害」と言われてしまうこともあり、ルールを決めて使用を許可するなどしているようです。

弊社でかかわっている患者さんには、「スマホの所持は時期を見て」とお話しています。まずは治療が先決であることは言うまでもありません。退院後も、生活リズムを整えたり、金銭管理ができるようになったりしたうえで、経済事情も踏まえて「持つか・持たないか」選択する話ができると考えています。

彼らにとって、制限の多い病院や施設での暮らしは、さぞかし不自由であろうと思います。しかし「スマホ脳」に書いてあるようなメンタル面への影響を鑑みれば、せめて治療中の一定期間くらいは、スマホを遠ざけ、脳をしっかり休めることが、本人のためにもなると思います。

これは他人事ではありません。我が身を振り返っても、気がつくと何をするでもなくスマホを眺めていることがあります。メールやネットニュースの確認など、自分としては最低限の用を済ませているつもりでも、その合間にSNSをのぞいたり、寝る前にユーチューブを見てしまったり、スマホはすっかり生活に浸食しています。

スマホの影響について、本書から事例を引用すればキリがないのですが、とくに気になった一文を挙げます。

デジタルライフが共感力を鈍らせ、心の理論的能力を弱めていると100%断言することはできない。だが、まさにそうだと示す兆候がいくつもあり、心配になる。

これは、共感的配慮(辛い状況の人に共感できる能力)や、対人関係における感受性の能力について書かれた箇所です(第6章)。メンタルヘルスの分野で起きている「面倒な患者・家族の切り捨て」にも通じるところがあるのではないでしょうか。患者さんに限ったことではなく、わたしたち一人ひとりに広がっている影響について、考えざるをえません。

第7章では「バカになっていく子供たち」という衝撃的なタイトルで、子供への影響が書かれています。一つ事例を挙げると、ある実験の結果によれば、スマホを使い始めることで、報酬を先延ばしにすることが下手になるそうです。

報酬を先延ばしにできなければ、上達に時間のかかるようなことを学べなくなる。クラシック系の楽器を習う生徒の数が著しく減ったのもひとつの兆候だ。ある音楽教師にその理由を尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。「今の子供は即座に手に入るごほうびに慣れているから、すぐに上達できないとやめてしまうんです」

また、ティーンエイジャー(中学生)ほどスマホをよく使っており、不眠や強い不安、うつなどが増加しており、これはとくに女子において顕著だそうです。

第8章では運動によるスマホ脳への対処策も書かれています。「最近、スマホを見る時間が増えたな」と感じている方、成長期の子供をもつ親御さんには、ぜひ読んで考えてほしい一冊です。



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