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【石の街】攻防記(3・未の刻)

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▢▢▢▢▢


その日の昼過ぎ、街の全住人が『地下広場』へと集められた。

この街の地下には、防壁で囲まれた地上の街とほぼ同面積の、円筒形の空洞が広がっている。それはさながら、巨大な缶詰の内側だ。普段使用されることはないが、いざというときにはシェルターとしての役割を担う。地面に設置された無数の照明装置が、高さ数十メートルもの天井を弱々しく照らし、どんよりと薄暗い空間を作っていた。

水を一滴も飲めぬまま午前中を働きまわった僕らの間には、すでに乾きによる苦しみが蔓延し始めていた。皆、落ち着かない様子で、ざわついている。

反克の術は、じわじわと街を蝕んでいる。この地下空間にはさらなる呪術防壁が施されているというが、その効力は如何程だろうか。果たして水を飲んでも大丈夫なのか。我々はどうなってしまうのだろうか。

待つこと四半刻程。
不意に壁面の一箇所にある扉が開き、腰の屈んだ小柄な老婆が、両脇に屈強な護衛2名を従えて姿を現すと、群衆のざわめきは次第に静まっていった。石の街の呪術師、偉大なるヴァルデンベーラ媼だ。この街を築いた最初の10人の、最後の生き残り。噂では齢190を超えているという。地下広場の中央にある祭壇まで真っ直ぐに敷かれた臙脂色のカーペットの上を、身の丈よりもある樫の古木の杖を用いながら、覚束ない足取りで、ゆっくり、ゆっくりと進んでゆく。誰もがその様子を見守っている。

やがて祭壇へと昇ったヴァルデンベーラ婆は、無言のまま古木の大杖を水平に突き出したかと思うと、その場でぐるりと身体を360度回転させた。杖の先端からエネルギー波が迸り、それは水流の様な視覚的錯覚を伴って、地下広場全体を同心円状に広がっていった。エネルギー波が身体を通過した瞬間、僕はそれまでの渇きが瞬時に癒えるのを感じた。原理は分からないが、街の住人全員の体内に水分補給する高等術を用いたのだろう。

どよめきが収まると、婆はそこで初めて声を発した。

「……この街は『外』より攻撃されておる。」

深くしわがれた、だが、よく通る声が反響する。

「一見、単なる水攻めに思えたじゃろうが……押し寄せた水流そのものが問題なのではない。水に、邪悪なる術が施されていたのじゃ……。」

やはり、そうか。

「『外』の呪術師達の仕業じゃ……自然の摂理たる五行の流転を反転させる、禁忌の術がある……『反克の術』という。術が及ぶのは水が触れた箇所すべて……加えて、術の効果は次第に隣接する万物へと伝染してゆく。つまり、街のほぼ全域が攻撃の対象となっているのじゃ。捨て置けば、やがては街全体が溶けて渾然一体の靄のようになってしまうじゃろう。じゃが、これは遅効性の毒……。術の拡がりにはまだ時間がかかる。生きた人間の身体に効果が及び始めるのは丸一日と数刻。当然、それまでに解呪せねばならぬ。」

いまや群衆は静まり返り、その視線は呪術師ヴァルデンベーラに注がれていた。彼女の深遠なる濃緑の眼差しが煌めいた。

「明朝、解呪の儀式を執り行う。……そのためには、街の若い男が6名! 上半身裸でトロッコ列車に乗り込み、街中に敷かれたレールの上を爆走しながら、音を立てて冷やしざるうどんを啜るのじゃ……!!!!!」

避難所全体を深い沈黙が支配した。

情報量が多くて脳の処理が追いつかない。

半裸……トロッコ……ざるうどん……?

「6名じゃ。我こそはという若い衆は、この場で名乗り出るがよい。」

大呪術師ヴァルデンベーラ婆は、そう言うと黙り込んだ。
わけがわからないが、五行エレメントの物理現象への表れ方というものは複雑であり、専門的な術式ともなれば更に余人には理解しがたい手法であったとしても何らおかしくはない。まあ、街の呪術師が言うのだから、それが解除の手段なのだろう。

若い男。僕を含めても、この小さな石の街には、そんなに多くはないはずだ。6名も必要なら、名乗り出ておくべきかもしれない。何より、この状況を何とかしたい。

なぜか一瞬、ユメのことが脳裏を過った。この群衆のどこかで聴いているだろうか。
気づくと、僕は挙手して叫んでいた。

「やります! 僕がやります!!」


【続く】



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