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【短編】夜は短し恋せよ男子?

時刻は午前0時。
「あんたはいつも自分のことばっかり!もっと私を見てよ!!」
彼女が出ていく直前最後に聞いた言葉だった。
「見てるよ…」とダルそうに言ったのが聞こえていたのかは知らない。

彼女は天真爛漫な子だった。
明るく、賑やかで「この子を将来必ず幸せにしてみせる」と思ったものだ。

別れた理由は明白だった。
ココ最近というもの僕は仕事に追われ、ろくな休みも取れず、帰ったら明日の仕事の準備を済ませ死んだように眠った。
彼女との連絡は3日に1回。彼女は毎日、「お疲れー!!」や「明日も頑張って!」とメッセージをくれていたようだが、正直それを見る余裕すら無かった。
きっとそんなことの繰り返しがコツコツと溜まり彼女の器を溢れさせてしまったのだろう。

彼女のことは好きだった。が、僕は悪くないと思っている。
「仕事が悪いんだ。」そんな話を聞けるほどあの時の彼女は落ち着いてはいなかった。

世の中、幸せなカップル、夫婦たちはどうやってパートナーとの関係を保っているのか、甚だ疑問だ。
喧嘩するほど仲がいいなんてよく言うが、喧嘩しまくってたら仲良くなるわけないだろ。馬鹿か。

しかし、自分を「想ってくれていると思っていた人」が傍から居なくなるのは少し悲しい。いや少しではなく、かなり悲しい。
今思えば彼女は僕をいつも褒め、慰め、僕の人生唯一の光だった。

「30分前まで付き合ってたんだよな」
ボソッと口から出た。なんて能天気な発言だ。
目から涙がポロッと零れた。
明日の準備をしなきゃ。課長に呼び出しくらっちゃ敵わない。
しかし、僕の身体はワンルームの玄関から1ミリたりとも動かなかった。

無くなってから気付くものがあった。
それはもう手は届かないから気付くのかもしれない。

そのまま意識は遠のいた。

夢を見ていた。夢の中で笑っている彼女がいた。
手を伸ばすが届かない。彼女は闇に消えていった。



インターホンで目が覚めた。体はすっかり冷えきっている。寒い。スマホを見ると午前2時5分。
徐にその音に反応した身体でドアを開ける。

そこには2時間30分前まで俺の彼女だった女が立っていた。
手には白いビニール袋がさげられている。
「なにしにきたの」
僕が呟く。
「はあ?別にぃ!」
と如何にも機嫌悪そうに女は言った。
「最後の晩餐!!」
そう言うと彼女は俺と壁の間をすり抜け
狭いキッチンに袋を置いた。

「そんなとこでいつまでも突っ立ってないで!お風呂入ってきて!」
と女に言われ反射的に「は、はい」と風呂場へ向かった。

風呂から上がるといい匂いが狭い部屋に立ち込めていた。
これまた狭いテーブルの中央に我が物顔で居座る鍋。流れるように座った。
女は「ん!!」と言いながら鍋の中身をよそったお椀を俺に突き出した。
俺は素直に受け取った。

「あの…俺たちもう…」と言ったところで遮られた。
「あのさー!今回だけだし、さっきの事まだ許してないから!」
と彼女は言った。

俺の驚いた表情がよっぽど滑稽だったのか彼女は突然吹き出した。
「ほら!鍋!冷める!」と言われ促されるまま椀をすすった。

目から涙がポロッと零れた。
気付けば「よかった。」という言葉がひとりでに口から出ていた。
彼女の目からも涙が流れていた。

それから少しずつ、近況を報告した。
仕事が大変なこと、メッセージを返せなかったこと。
彼女は何も言わず小さい相槌を打ちながら聞いてくれた。

「これからはもっと…」と言いかけたところでまた遮られる。
「私さ、彼女だからさ。もっと支えさせてよ。1人で頑張らないでよ!」と彼女は言った。
僕は小刻みに首を縦に振った。


2時間半、勝手に失恋していた。
俺の人生の中で最初で最後の経験だろう。
結局眠れず、朝まで2人でいた。

時刻は午前8時20分。
僕は会社に「風邪を引いた」と嘘の電話した。
課長はもちろん不機嫌そうな声で「さっさと薬飲んで寝て、明日は必ず来い!お前がいないと仕事が進まん!」と言った。
おじぎをしながら電話を切って、ベットに目を向ける。

そこにはさっきまでスマホを弄っていた俺の彼女が眠っていた。
疲れ果ててしまったのか起きる気配はない。

必ずこの子を幸せにしよう。
お互いを想うことを知った。
ひとりじゃない。君のためなら頑張れる。

彼女の隣に寝そべり、天井を見上げ、そんなことを考えていた。
2人の将来を想像し、目を瞑ると自然と意識が遠のいていった。

夢を見ていた。夢の中で彼女は笑っていた。
今度は手が届いた。

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