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大人の発達障害


令和2年1月5日(日)、和歌山県立情報交流センターBig・Uにて開催された和歌山県発達障害者支援センター ポラリス主催(NPO法人和歌山県自閉症協会共催)の講演会の要旨を、主催者の許可を得て転載します。転載許可ありがとうございました。


講師 よこはま発達クリニック 院長
よこはま発達相談室
大正大学心理社会学部臨床心理学科 教授
    福島大学こどものメンタルヘルス支援事業推進室 客員教授

内 山 登 紀 夫 

  成人期になって初めて発達障害と診断される人には、自閉症スペクトラム(ASD:Autistic/Autism Spectrum Disorder)が多いように思われます。スペクトラムとは連続体のことですが、知的な遅れの有無に関わらず、自閉症やアスペルガー症候群などを一くくりにして自閉症スペクトラムといいます。自閉症スペクトラムには、障害の程度が軽度の人から重度の人、知的障害が軽い人も重い人もいます。診断は早い場合には1~2歳でつきますし、大人あるいは高齢になってからでもつくことはあります。診断基準は、社会性の障害、社会的コミュニケーションの障害、社会的イマジネーションの障害の3つの障害が小さいころから見られることで、この3つの障害は、世界で初めて自閉症スペクトラムという言葉を提唱したローナ・ウィング先生の名前から「ウィングの3つ組み」と呼ばれています。

 DSM-5 というアメリカ精神医学会の診断基準では自閉スペクトラム症と言い、自閉症スペクトラムと基本は同じですが、その特徴には、コミュニケーションと対人交流の問題を併せて「対人的相互交流」、イマジネーションの問題である「反復行動」などがあります。
自閉症スペクトラムは発達障害のひとつですが、発達障害の大きな特徴は発達早期に症状が見られることです。大人になってから社会性、例えば対人交流が苦手になったといった場合には発達障害とは言いません。しかし発達障害の特性が通常明らかになる児童期を気づかれずに乗り越え、大学生になり、社会人になり、結婚、出産、会社での昇進などを経てから初めて診断される人が昨今は増えています。これは、本人の能力や置かれている環境によって、こだわりや対人交流の苦手さが目立たずにやって来られたけれども、周囲からの社会的要求が能力の限界を超えたときにそれら特性が明らかになりがちであるということだと思います。
 自閉症スペクトラムは認知障害なので、認知の特性は必ずあることが前提です。視覚による理解が聴覚による理解よりも得意な人が多いことや、計画して実行する能力の弱さ(実行機能障害)や相手の気持ちを読む能力の弱さは自閉症スペクトラム特有の特性といえます。また、状況を考慮して判断する能力の弱さや注意の障害は自閉症スペクトラムの特性でもありADHD(注意欠如・多動症)の特性でもあります。
 発達障害のある成人がどれくらいいるかはなかなか調べることが難しく、世界的にもデータは少ないのですが、イギリスで行われたある調査によると、自閉症スペクトラムは100人に約1人いて、ADHDは100人に約2.5人いるというデータがあります。もし日本で同様の調査を行えば、これと同じか若干多い数になるのではと思われます。
 また、僕のクリニックにおいても、発達障害のある成人を対象に支援ニーズについてのアンケート調査を行いました(対象者71人、年齢18歳以上)。支援に関してどういう情報がほしいかとの問いに、最も多かった回答は自立に関する情報でした。20代が対象者の約40%を占めており、自立がまだ上手くいっていないことの表れでしょう。親は高齢化してきますし、お金を始めとする将来の生活に関する心配はよく聞かれます。次に多いのは就労の問題です。ワード・エクセルや電話応対などの職業スキルはあるのですが、何よりも職場の人間関係に困っているという人が多かったです。この他、メンタル面や身体面の医療についての困りごともありますし、女性の場合は、妊娠しても妊婦検診になかなか行かなかったり、子どもが思春期に入ってからの反抗期に上手く対処できなかったりすることもあります。それから自立・家庭生活の支援ニーズはとても高いと言えます。掃除や片付けが苦手、ついつい支払いを忘れてしまって家賃や光熱費を滞納するなどの実行機能の問題がありますし、音や臭い、あるいは触覚などの感覚に関する問題もあります。ゴミ出しなどの日常生活支援はニーズが高い割に使える公的サービスはあまりなく、自閉症スペクトラムの人のなかには高齢の親などに依存しているケースも見られます。因みに、横浜市には障害のある人を対象にした自立生活アシスタントという制度がありまして、これを利用して多くの人が地域生活を継続しています。こういう制度が全国にあれば良いと思っています。第2部講演は以下の通りです。

まずは、大人の自閉症スペクトラムのイメージを持ってもらうためにDVDを見ていただきます。自閉症スペクトラムの若い女性です。この方は幼児期から療育に通い、お母さんは、本人にできないことがあればより簡単なやり方を教える、できることから始めるなど、要求水準を本人に合わせて変えて来ました。自閉症の子どもは切り替えが苦手な場合が多いため、本人にできることや興味・関心のあることを中心にスケジュールを作って予定を事前に知らせるようにしました。大人になって就職した現在は、自身の特性をうまく活かして日々の業務に取り組めていることによる充実感や達成感があり、不安感はあまりないようです。本人の興味・関心のある課題に変える、課題と環境はその時々の子どもの状況によって変える、そういう周囲の姿勢、そして本人が「今、出来ている」ことから得られる達成感や充実感をサポートすることはとても大切に思います。

自閉症スペクトラムの精神科的合併症には不安障害が多いですし、気分障害や双極性障害、ADHD、統合失調症などのほか、自殺の危険性が高くなるとも言われています。物を捨てられない溜め込み症、いつも皮膚を引っかいている皮膚ひっかき症、そして自閉症スペクトラムの人たちはトラウマ体験も多いためPTSDがある場合もあります。合併症のひとつであるアレキシサイミア(失感情症)とは、その人にとっての生気が感じられない、生きている実感がない状態のことで、今の自分の感情が分からないと葛藤する人や、お腹が痛い、頭が痛いと体調不良を訴える人が多く、心身症との関係が深くなります。
 
次に、大学についてですが、僕たちは今、イギリスの大学と組んで、発達障害のある大学生のメンタルヘルスに焦点を当てたサポートを実践しようとしています。これまでのREALサービスを行っているグループの研究ではイギリスの20の大学に通う発達障害と診断された291人の大学生にインタビューを行ったところ、自閉症スペクトラムと診断されたことで、他の生徒と全く同じように参加できる活動は少ないということが分かり、また、ソーシャルスキルの不足は自分個人の責任ではないということが分かって良かったと感じている学生が多くいました。「REAL」は、Reliable(頼れる)、Empathic(共感)、Anticipate(予告)、Logical(論理的)を意味します。Reliable(頼れる)とは、急な休講や曖昧な課題を減らして可能な限り時間割やシラバス通りに実施し、相談先は多くの窓口を設けるのではなく担当者を一人に絞ること、また、大学生だからといってお金の管理や目的地への移動が当然出来ると仮定しないことなどを指します。Empathic(共感)は、個々の感じ方・見方に共感して、例えば「友達は多ければ多いほどいい」などのステレオタイプな判断をしないということです。Anticipate(予告)は、予想外の変更をなるべく避け、変更せざるを得ない場合はなるべく事前に知らせます。Logical(論理的)は、感情的にならずに交流し、混乱や不安の原因となる曖昧さや不明確さを避け、他者の考えを推測することが苦手なために講義の理解が困難になりがちであることを踏まえて、講義は何よりもまずは具体的に行われることが望ましいと言えます。

 そして、会社員、主婦、引きこもりなどの社会人について、大人になるとき、まず大事なことは自己理解が出来ているか、自分には発達課題があり、コミュニケーションが苦手である等々、診断名や特性を客観的に理解できているかどうかということです。一人で何もかも解決することは難しいので、例えば、夜眠れない、お腹が痛い、対人交流や仕事上のトラブルなどの困りごとがあるときには誰かに支援を求めましょう。親、きょうだい、専門職など支援してくれる人の存在や、震災などの緊急時には、誰かにヘルプを求めて具体的な対策を教えてもらえることが大切です。自閉症スペクトラムは生まれつきの障害ですから、その人なりに発達はしても苦手なことは生涯継続して急に変わることはありません。最近は、ソーシャルスキルトレーニングなどの対策を行いながら特性を隠して日常生活を送っている人たちが増えているのですが、大学や職場では特性を隠して社会適応している分、より大きなストレスを抱えかねません。大人になってからの人生は長いですから、何十年もカムフラージュして過ごすことはとても大変です。無理をしてカムフラージュしなくてもいいように支援をしたいですし、特性を隠さなくてもいいような社会を目指したいと思っています。
 女性で自閉症スペクトラムにADHDを合併している人の場合、負担はより大きく、また社会的な要求水準は男性よりも高くなりがちです。女性には、仕事、家事育児、女子会、PTAの付き合いなどやることがたくさんあるため、なかには心身を病む人もいます。家事・育児の負担が虐待リスクにつながるケースもあり、虐待防止の意味においてもお母さんへの支援はとても大事です。そしてお母さんへの支援において忘れてはならないのは、批判をしないということです。疲弊しがちなお母さんへの負担を軽減するためには、保育園や児童発達支援センターなどを積極的に利用して良いと思います。また、お母さんにも子どもにも発達障害がある場合、親子はセットで考えます。医療機関や薬物療法だけでは解決しませんので、保育園や学校、療育機関とも連携してサポートしましょう。
 中年期以降になると、当然ですが親も高齢化し、いわゆる8050問題が起こります。若いころよりも孤立化しがちで、災害や病気の時などの不安の訴えや、収入が不安定なため、きょうだいや公的支援などに経済的に依存するケースが増えます。
 
 最後に支援の話をします。自閉症スペクトラムの認知の特性が急に変わることはないため、基本的な支援方略は、本人が混乱せず、嫌な刺激の少ない環境をセッティングすることです。
 イギリスの自閉症協会の考え方である「SPELL」というアプローチがあります。そこでの大切な考え方は、まずは「構造」です。そして、苦手なことよりもできることに焦点を当てて活かしていく「肯定的な予測とアプローチ」、例えば本人が相談に来た時には具体的な対策を一緒に考えましょうという姿勢の「共感」、感情的に怒ったり、逆にベタベタしたりすることなくなるべく「穏やか」に接すること、そして社会的つながりを意味する「リンクス」があります。自閉症スペクトラムへの支援策をまとめると、視覚支援や環境設定による構造化、カウンセリングや薬物療法による併存障害への対応、そして関係機関との連携などが挙げられます。 
 それから適応するということは、仕事、収入、IQ、自閉症特性が強いや弱い、生活の自立度などは実はあまり関係がありません。仕事はそれ程していないけれど自分はハッピーですという人もいれば、仕事はしているけれど、しょっちゅう職場や家庭でのトラブルがあって自分はアンハッピーですという人もいます。自閉症スペクトラムの人にとって、適応するということのハードルは高いかもしれません。けれども、仕事や収入などに関係なく、自分らしく生きることが出来ていれば、自分はハッピーですと言える、つまりはその人がハッピーかどうかは周りが決めることでなく、本人の価値観によるものであると思います。
 発達障害にはいわゆる医学的な治療は存在しませんが、支援者が出来ることはとてもたくさんあります。そして、その家族が社会のなかで孤立しないように、本人と家族のどちらにも適切な支援は必要です。その人の特性や願望を十分に考慮しないで、たくさん友達を作ろうとか、出来るだけ早く沢山の仕事をしようとか、その人に合わない不適切な対応をすれば問題は複雑化しがちなので、本人の好みや特性を理解して、その人のやりたいこと、出来ることを考えて支援していくことが肝要に思います。
 


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