ああ、大道芸 寅さんを生んだ世界(一)

第一章 ヨー! 寅さん、「ホッ」としたゼ

フーテンの寅さんというとあの細い目、弁当箱のような四角い顔、あの渥美清の顔を思い出し私はなぜか「ホッ」とします。

 なぜでしょう。それは、山田洋次監督が描こうとするコメディの面白さ、渥美清の演技力、柴又という下町の風情が幾重にも絡みあい、観ている人の心の琴線にふれ感動を呼ぶためと思われます。

 寅さんの映画では、その感動を伝えるいろいろなものの一つに昭和というレトロな時代背景があるのではと感じています。例えば、お祭りで寅さんが本などの商品を叩売りをしている場面が出てます。寅さんが神社のお祭りの参拝者を集め「色の黒いが後家さんならば、山のカラスは後家ばかり、サーこの本安くしとくよ、持ってけ!六百円」と大声を出して本を売っているあの場面です。

あの場面を見ていると、今はもう見る事のできなくなった昭和四十年以前のお祭り情景が瞼に浮かび、私はなにか安心した気分になります。

あの場面で寅さんが言っているセリフを「啖呵(たんか)」と言い、この寅さんのようにお祭りに露天を出す商人のことを「テキヤ」といいます。「啖呵」とは広辞苑によると「勢い鋭く歯切れのよい言葉、江戸弁でまくしたてること」とあります。よく言う「タンカを切る」のあのタンカです。正確にいうとこの寅さんの啖呵は、物を売る場を盛り上げるための歯切れの良さを表現するための啖呵で「啖呵売(たんかバイ)」と呼ばれるものです。この啖呵売などかって露天商が人集めに行っていたパフォーマンスは、その当時もっともポピュラーな大道芸でした。

しかし、今日、大道芸といえばピエロ、パントマイム、ジャグリングの洋物が主流であり、日本の古来から伝わってきた和物大道芸は、ガマの油売りなど少数を残し大半は姿を消しつつあります。

寅さん大好きで寅さんの舎弟分「寅三郎」を自認する私にとっては寂しい限りです。その私にお付き合い頂くため、この啖呵売とテキヤについて「モソット」詳しく話をしたいと思います。まず手始めに昭和四十年以前のお祭りとはどのようなものだったか、私の拙い記憶から再現してみたいと思います。

第二章へ続く

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