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「ガチャ上の楼閣」第14話(完)

「皆、すでに知っているかもしれないが、『エンゲージケージ』をヘキサゲームスに売ることになった」

 朝礼で社長が正式に買収の話をした。

「『エンゲジ』に所属しているメンバーはそのままヘキサゲームスに移ってもらう。先方は『エンゲジ』チームを高く評価しているので、待遇は安心してほしい」

 歓喜の声があちこちで上がる。

「しかし、『ヒロクリ』はこのままノベで開発、運営を続けることになる。『ヒロクリ』メンバーはこれからも私たちを支えてほしい」

 一瞬、社長が何を言ったか社員たちは分からなかった。
 誰かが手を挙げて言う。

「すみません、もう一度言ってもらってもいいですか?」

 社長は咳払いをして言う。

「『ヒロクリ』メンバーはヘキサゲームスに移れない。このままノベルティアイテムに残留だ」

 あちこちで叫び声が上がる。

「なんで!?」
「俺もヘキサに行かせてくれよ!」
「私はどっちのチーム? 残ることになるの?」
「やめてよ! 差別じゃない! みんなで移ろ!」

 まさに阿鼻叫喚だ。
 どちらのチームに所属していたかで環境が大きく変わってしまうため、それぞれの反応は大きかった。

「よし、俺は『エンゲジ』一筋だったからな。ヘキサ行きだな!」

 と久世が言う。

「『ヒロクリ』も手伝ってたじゃない」

 木津がツッコミを入れる。

「そりゃ、だいたいのやつがそうだろ! でも俺は一貫して『エンゲジ』だから! 勝ち組だ! 木津はどっちなんだ?」
「『ヒロクリ』にもいたけど、結局『エンゲジ』に戻って来てそのままよ」
「よし、一緒に移籍だな! ……って」

 二人が盛り上がっている横で文見は小さく震えていた。

「あたし、ずっと『ヒロクリ』……」

 文見が最初から最後まで「ヒロイックリメインズ」チームだったことは社員全員が知っている。
 社長の発言は、泥船に残るか、ノアの箱舟に移れるかの審判だった。
 困難な新プロジェクトを成功に導いた立役者がまさにこんなに遭うとは思わなかった。

「あたし死ぬのかな……」
「死なない、死なない! まだノベが潰れたわけじゃないから!」
「そうよ。『エンゲジ』を売ってお金があるから、絶対に潰れないわ」

 二人は必死に文見をフォローする。
 一瞬にして人生が書き換わる。
 大成功か大失敗か。まるでガチャのようだった。
 社長は厳粛な朝礼で社員たちが大騒ぎしているのを止めなかった。自分の言動で社員たちの運命を変えてしまうのは申し訳ないと思ってはいたのだ。

 買収の処理としては、ヘキサゲームスの出資で、新たな会社を作り、「エンゲージケージ」チームを移籍させることになった。
 社長には戦闘班リーダーだった生駒が就任する。久世と木津も新会社の所属である。
 「ヒロイックリメインズ」はそのまま開発、運営を続ける。そして、「ヒロイックリメインズ」チームはノベルティアイテム唯一のゲーム部門として存続する。
 この事態に不満を持つ社員は多く、「ヒロイックリメインズ」チームのメンバーは退職を決意する者が続出する。
 天ヶ瀬社長も早期退職制度を定めて、通常より退職金が多く出るようにし、退職希望者を支援した。一方で、リスタートする意志を固めて、新たな人材募集を行っていた。

「みんな行ってしまったな……。小椋はどうするんだ?」

 閑散としたオフィスで、文見は八幡と話していた。
 八幡は「ヒロイックリメインズ」のメインプログラマーだったため、当然ノベルティアイテムに残留であった。

「あたしは……まだ悩んでます……。このままやっていけるのか、というのもありますし、『ヒロクリ』はあたしの生きがいでもあって見捨てることなんてできませんし……」

 文見にとって「ヒロイックリメインズ」は苦労して産んだ我が子のようなものである。
 同期や多く社員がヘキサゲームスに行ってしまい、貧乏くじを引かされたのは悔しく、社長をいまだに恨んでいる。早期退職制度を考えればやめたほうがいいのだが、不安は多かった。

「それに転職先も見つからなくて……」

 転職といえば同期の佐々里がいる。
 彼は何度も転職を繰り返した末、奇しくもヘキサゲームス本体に勤めていた。
 久世たちが移籍したとき、四人で飲みに行こうと話があったが、文見は断ってしまった。

「人生、ガチャみたいですよね。あー、SSRの会社、当たらないかなー」

 今、目の前に起きていることが現実とは思えなかった。
 好きだった会社はたった一つのことで崩壊。くじ引きのような感じでその先の運命も決まる。これがゲームならリセットしてしまいたい。
 「ヒロイックリメインズ」の開発中もつらかったが、今もだいぶ落ち込んでいた。開発中は完成という目標があり、希望や喜びがあった。でも、今はマイナスのことしかない。

「そうか……」

 八幡は少し考えてから言う。

「ガチャに賭ける気はあるか?」
「ガチャですか? もう完全に底辺ですから、全財産ガチャにつっこんでもいいって気分ですよー」

 文見はだいぶやけになっている。

「そうか……。じゃあ、私の会社に来ないか?」
「へ? 八幡さんの会社ですか?」
「まだ社長には言ってないが、独立することにしたんだ」
「えっ、すごいですね!」

 独立という言葉にはなんて魅力的な響きがあるのだろう。

「高校時代の親友が独立を考えていて、私もそれに乗ろうと思っていてな」
「へえ……」

 独立は今勤めている会社との雇用関係から外れて、自給自足で生きていくということだ。
 楽しくて夢のあることなのだろうが、金銭的に苦しくなるのは間違いない。巨大な船を下りて、小舟で荒波にこぎ出すようなものだ。
 文見も独立を誘われてどう反応していいのか分からなかった。

「そんなこと言われても困るよな」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「親友は声優やっててけっこう人気らしいんだ。声優に関連するアプリでも作ろうと思ってる。そこにシナリオライターがいればやれることが増えると考えてな。小椋はバイタリティーあるから、来てくれると嬉しいんだが」
「えっ、あたしなんて大したことないですよ! 八幡さんにずっと迷惑かけっぱなしでしたし!」

 「ヒロイックリメインズ」開発で何度八幡に助けられただろう。
 しかし恩人とも言える人物の誘いの乗っていいのか分からない。このままノベルティアイテムにいれば、立場も収入も安定するのは間違いないのだ。
 シナリオの先輩である井出はヘキサゲームスに行ってしまったので、今や文見の独壇場である。

「声優って言うのは……小椋は会ったことあると思うが、江端孝史だ」
「えっ!? 江端さん!? 知り合いだったんですか!?」
「長い付き合いでな。向こうも事務所との関係で何か不満があるらしい。独立したら自由に動けるし稼げると。金銭面ならあいつけっこう儲かってるから、たぶん大丈夫だ。小規模開発ならまったく問題ない」

 江端の名前が出て、急に心が揺れる。
 江端は誰もが知る人気声優だ。それのポジションは不動で、これまでも儲かっていたし、これから儲け続けることだろう。
 彼と一緒に仕事ができたらどんなに嬉しいことか。

(やばい! 行きたい! ……でもそれでいいのか、自分)

 なんて現金な女なんだろう、と自分のことが恥ずかしくなる。

「す、少し考えさせてください!」
「ああ、ゆっくりでいい。大切な判断だからな」

 自分の人生どうやって生きるのか、どの道を進むのがいいのか。まったく分からなくなってしまった。
 社長に言われるがまま仕事をしているのが、どんなに楽だったか思い知る。
 何度も転職しようとする佐々里をちょっと軽蔑していたが、今はそんなことを言えない。彼がいかに真剣に悩んでいたか理解してあげられず、申し訳なかった。
 文見は一人で悩むのに限界を感じて、木津に相談した。
 木津ならズバッと切り込んでくれるに違いない。
 木津は快く受け入れてくれ、自宅に招待してくれた。
 最近引っ越したという部屋は非常に綺麗だった。

「いいんじゃない、八幡さんのお世話になれば? 独身だし」
「ちょっと! そういう話じゃないから!」

 いきなり変なところから切り込まれる。

「好きじゃないと誘わないと思うよ」
「やめて。そういうこと言われると逆に行きづらくなる!」
「まあ、冗談なんだけど」
「観月が言うと冗談に聞こえないって!」

 木津たちが会社を移ってからしばらく経つが、木津は相変わらずだったので安心する。
 会社は違ってしまったが、木津とは生涯の親友としてこの関係を維持したいと思う。

「好きに決めればいいと思うけど? 私はあの件で、好きに生きないとダメだと思ったし」
「観月はヘキサにいったからそんなこと言えるんだよお!」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、ヘキサやめたから」
「へっ!? 聞いてない!」

 どうして自分の周りはこんなに報告が遅いのだろうか。それとも文見の情報キャッチ能力が低いのか。

「結婚して独立することした」
「結婚!? 独立!?」

 人生二大ワードが飛び出した。

「もしかして子供も!?」
「子供はまだ。一緒に暮らしてるからそのうちかもしれないけど」
「もしかしてここ? 旦那さんは?」
「今日は出かけてるから大丈夫」

 木津の家は2LDKで、一人暮らしにしてはやけに広いマンションだと思っていた。

「そっか、結婚したんだ……」
「式はまだだから呼ぶよ」
「うん、絶対だよ! あとでの報告はなしだからね!」
「はいはい、忘れなければね」
「だから忘れないでって……。そういえば、独立して何をするの? キャラデザ?」
「うん。腐っても『エンゲジ』と『ヒロクリ』のキャラデザ担当だからね」

 木津はにやっと悪い顔をする。
 ノベルティアイテムのブランドを経歴として使う気まんまんのようである。

「打倒、中村一心!」
「絵描ける人はいいよね……」
「文見もシナリオ書けるじゃん」
「いや、シナリオは書けても仕事なんないから。どこも雇ってくれないよ。求人も調べてみたけど、全然ライター募集なかった。どこもベテランが書いてるんだね。外の人間に譲るわけない。募集あるのは下働きのスクリプターだけ……」
「じゃあ贅沢な悩みをしてるんじゃない。もう八幡さんのところに行きな」
「え?」
「シナリオライターとして生きる覚悟はしていて、ノベにはいたくない。でもライター募集がない。なら、ライターとして雇ってくれる八幡さんところしかないじゃん」
「あ、うん……」

 木津に言われて気付く。答えは自明だったのかもしれない。

「でなければ、コスプレ好きの同級生のところへ永久就職したら?」
「やめて! それだけは言っちゃいけない!」

 実は、高校の同級生である道成から同様のことを言われていた。
 上から目線がむかつく、と言って断った。

「十分、人生の選択してるじゃん。結婚断ったなら、転職なんて大したことないよ」
「ああ……そうなのか、な……」

 別に道成のことが嫌いなわけではない。
 再会してから、道成と結婚して一緒に歩むのも悪くないと思ったことがある。
 でも今は違う。道成に保護されるような人生はダメだと思ったのだ。
 結婚するならやはり対等でなければいけない。どちらかが頼りっきりというのは何か違う。自分がもっと安定してからじゃないと、誰ともできないと文見は考えた。

「ノベは会社としてはかなり解体状態だけど、お金はいっぱいある。『ヒロリク』も売れてないわけじゃないし、まだ巻き返せるチャンスはあるかもしれない。でも頼れる人材は誰もいないから、何もしてないとそのまま終わる未来も当然ある。そこであんたがキーになるのは間違いない」
「うん……」

 ノベルティアイテムに残れば、これまでの実績と社長からの信頼で、ガンガン仕事ができるはずだ。だがこれまでのように安定は望めない。ゲームが売れず、社長がまたゲームを売り払ったり、会社を畳むと言ったりしたら、そこで終了なのだ。

「八幡さんのところはまだ形すらないから、安定は求めちゃいけない。大きくなるかもしれないし、始まる前に空中分解するかもしれない。でも、確実にあんたの働きが、そのまま会社の成立や成功に影響する。やりたいと言ったことは新たな仕事になるかもね」

 やはり木津の言うことは的確だった。
 現状をよく把握しているし、文見の個性も加味してくれている。

「うん……。どちらにもリスクはあって、あとは別の会社に転職するかなんだよね……」
「それと独立してみるとか」
「無理無理! あたし一人じゃお金も技術もない!」
「知ってる。一応、選択肢としてある、って思っておくと、気持ちが楽ってこと」
「もう……」

 木津はいつも人を気遣わないセリフを言うが、ちゃんと文見のことを思ってくれている。

「人生、ガチャみたいなもんだけど、それを受け入れるか拒否するかはあんた次第。使えるものは使って、ダメなものは捨てるしかない。大いに悩むといいよ」
「そうだね。ゲームキャラなら信念に従って生きるから、何事にも動じないんだろうけど、あたしは信念なんかない。自分の人生でこれをやり遂げようなんてもの、考えたことなんてないや」
「みんなそんなもんよ。行き当たりばったり。いいことあれば喜ぶし、悪いことあれば悲しむ。その時々で考えなんて変わるわ」
「うん。でも、前向きに生きたいってのは変わらないな」
「じゃあ飛び込みなさい。『暗雲を切り払う剣はお前の心の中にある』!」
「『やまない雨はないから』、あたしは恐れず前に進む!」

 文見は腕時計を撫でた。

「そういえば知ってた? いつも久世に情報漏らしてたのって生駒なんだって」
「えっ、生駒さん? 新会社の社長だよね?」
「そう。社長と仲良かったからいろいろ聞いてたみたいだんだけど、つい久世にポロってたみたい」
「なにそれ……今もずぶずぶってこと?」
「久世の出世は確定演出が出たね。そういうのが気に食わないから、私は独立したのよ」
「なんだか納得いかないなあ……」

 ガチャ上の楼閣は崩壊するが、人の営みは止まらない。
 新たな楼閣は作っては人が集まり楼閣を見上げる。


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