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背中をひと押し

テーマ: 私のイチ押しニューヨーク
by 河野 洋

日本ではタダより怖いものはない、と言うが、ニューヨークにおいては、タダよりありがたいものはない、に言い換えられるのではないだろうか。その一つに「カルチャーパス」がある。これは、ニューヨーク居住者なら無料登録できる公共図書館の会員に与えられる特権で、お金は一切かからない。
 
何が得なのかと言うと、メトロポリタン美術館やホイットニー美術館と言った市内の美術館や博物館、さらには植物園などの無料入場券がもらえること。各施設、利用回数が年に一回とか、事前予約が必要とか制約はあるが、タダで芸術作品を鑑賞させてもらえるなんて本当にありがたい。今年に入って月一回のペースで美術館通いが始められたのはカルチャーパスのおかげ。近代美術館、イサムノグチ庭園美術館、最近ではウクライナ美術館にも行って美術を満喫させてもらっている。
 
アートといえばギャラリーも寛大だ。仕事柄、芸術家の個展やグループ展のオープニングレセプションに誘われる。だが、ギャラリーのニュースレターに登録しておけば、新しい展示会やレセプション情報も送られてくるので、招待されなくても誰でも参加はできる。行けば、アーティストや関係者、メディア、コレクターの人たちも来ているから、人脈を広げたり、新しい世界を垣間見るにはもってこいの場所だ。
 
無料という点では、先述の公共図書館も負けてはいない。モバイル環境で仕事をする身としては、Wi-Fiが使えて、お手洗いがあって、机も椅子もある、最高の無音環境を提供してくれる書籍に囲まれたこの空間はプライスレス。しかも図書館のサービスには、NetFlixやHuluにも負けないVOD(ビデオ・オン・デマンド)があり、映画を無料でストリーム視聴できる。日本映画なら古くは小津安二郎監督の『浮き草』や黒澤明監督の『生きる』、そして、北野武監督の『アウトレイジ』や是枝裕和監督『万引き家族』、今話題の濱口竜介監督の『ハッピーアワー』まで揃っている。もちろん、サブスクリプション料など全く必要ない。
 
無料鑑賞できる映画はオンラインだけではない、先日はアッパーイーストにあるアジア・ソサエティで「Australian Short Film Today」というオーストラリアの短編映画上映会を観てきたが、この上映会も登録は無料だった。しかも上映後はレセプションがあって、ワインやおつまみのおもてなしまで用意されていて、ニューヨークの太っ腹ぶりに本当に頭が下がった。
 
しかし、こんなこともある。コロナ前のことだが街でCDを手渡してくる男性がいて、無料ならもらっておくかと受け取って、その場を立ち去ろうとしたら、後ろから引きとめられて「それは10ドルだ」と言って支払いを求めてきたのだ。有料ならいらないや、と、すぐにCDを返してこことなきを得たが、こういう輩もいるので、十分気をつけない。
 
ニューヨークは物価が高いと言われるが、確かに家賃も食費も決して安くはない。しかし、それでも、刺激を求めて、少し欲を出して、外に目を向け、一歩踏み出せば、人生を豊かにするヒントは至る所に隠れていて、新しい扉を開く鍵を、いつだってどこだって見つけることができるのだ。それがニューヨークの面白いところ。
 
私のイチ押しニューヨーク、それは自分の背中をひと押しして、自分なりのニューヨークの楽しみ方を増やしていくことである。
 
2022年5月8日
文:河野洋

[プロフィール]
河野洋、名古屋市出身、'92年にNYへ移住、'03年「Mar Creation」設立、'12年「New York Japan CineFest」'21年に「Chicago Japan Film Collective」という日本映画祭を設立。米国日系新聞などでエッセー、音楽、映画記事を執筆。現在はアートコラボで詩も手がける。

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