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海の向こうから

今回のテーマ:震災と県人会

by 福島 千里

ニューヨークには多彩なコミュニティが存在する。移民が集まる世界の主要都市はきっとどこも似たような感じだと思うが、移民は移住先の国に共通の宗教や価値観、言語や文化を軸としたコミュニティを作り、困ったときは助け合いながらそこでより快適で安全な暮らしを実現している。

日本人はというと、同じアジア人でも巨大なネットワークを持つ中国系移民や韓国系移民などに比べると横のつながりが希薄と言われがちだ。けれども、ニューヨークにもれっきとした日本人コミュニティがある。その一例が“県人会”と呼ばれるもの。県人会は文字通り各県ごとにあり、留学や仕事などのさまざまな理由でニューヨーク(近郊のコネチカット州やニュージャージー州も含む)に暮らす個人で構成される任意の集合体だ。規模はさまざまで、小規模なサークル的なものから組織的な大所帯まで多岐にわたり、構成メンバーもいずれ帰国する留学生や駐在員だったり、永住権を取得した長期滞在者だったりとバラバラだ。

入会にあたっての厳密な決まりはなく、当県出身者はもちろん、それ以外の理由(私が所属する福島県人会は、両親の出身県であるとか、単にその県が好きだとか、何らかの縁があれば)でも入会可能なところが多いようだ。平時の活動は、同郷者同士の交流会や、日米間の文化交流やイベントへの参加・ボランティアなどが主流だ。けれども、在留邦人がこうした横のつながりを構築するにあたり、最も重要なのは緊急時のセーフティ・ネット、そして情報共有のネットワークだと私個人は思っている。

今から20年以上前、留学生だった私は、“ニューヨークに来てまでわざわざ日本人とつるむ必要はないよなぁ”と思っていた。言語習得も含め、いち早く現地の環境に溶け込みたかったのが大きな理由だ。実際、私の周りにはほとんど日本人はおらず、またいたとしても密に接する機会が少なかった。避けるわけでも群れるわけでもなく、私と現地日本人との距離は常に“ほどほど”だったのだ。

けれども、大学卒業後、仕事を通じて日本人社会と関わるようになるとそうもいかない。そして決定的となったのは、2011年。私の日系コミュニティとの向き合い方は、東日本大震災をきっかけに大きく変わったのだ。

震災当時、福島県内に暮らす家族や友人たちとは、幸いメールや電話ですぐに安否確認ができた(なお、LINEのサービスが始まったのは震災3ヶ月後の同年6月)。私の実家は海からは遠く、津波の心配はなかった。けれども連日のテレビやネット越しに流れてくる凄惨な被災地の光景、そして原発事故の様子を前に、毎日息が詰まる思いで見守っていた。もっと地域によった情報が欲しい。そう思っても、ニュースから現地の情報をピンポイント的に掴むことは難しく、また、ネット上の情報はスピード感はあるものの、やはり詳細までは伝わりにくかった。

そんな中で思い浮かんだのが県人会だった。以前からその存在は知っていた。けれども、先の理由もあってわざわざ入会しようという考えはなかったのだ。県人会なら何か情報があるだろうか? そう思って入会希望のメールを送った。するとただちに運営者から返信があり、私の連絡先は彼らのメーリングリストに登録された。以降は、会員宛の見舞いメールが届き、そこに続くようにして会員同士による福島県地域別の情報交換が自然発生的に広がっていった。

ニュースでは注視されにくい地域ごとの情報が、メールを通じて会員の間で共有されていく。事態が刻一刻と変わる中、情報には必ず発信者の名前、対象地域(場所)、情報を得た日時が明記された。あくまで個人が収集した情報なので、すべてを鵜呑みにはできない。けれども、土地勘があるもの同士の説明は、時にニュースより理解しやすいものもあった。

また、遠方から故郷とそこに住む人々の無事をただひたすら願うことしかできなかった私たちにとって、県人会が1つの軸となり、互いが声を掛け合い、思いを共有できることは心情面での大きな救いだった。

あの日から11年。震災以来、ニューヨークでは東北6県の各県人会と北海道ゆかりの会が合同連合を結成し、毎年この日が近づいてくると皆が集い、追悼式という形を通じて故郷の復興を願い、祈りを捧げている。コロナ禍の折、昨年はオンラインでの開催となったが、感染状況が改善した今年はマンハッタンで式を開催しつつ、同時にオンラインで遠隔地の人々にも共有するというハイブリッド形式で行った。

「海外で生活するんだ。ひとりでもなんとかなる」

そんな心意気でニューヨークにやってきた若かった当時の自分を思い返す。日本人同士で必要以上に連む必要はない。けれども、さまざまな事態が予想される近年、同じ故郷を持つ人たちとのつながりを大切にすることには、大きな意味があると感じるのだ。


【 海外に暮らす日本人の今 】*出典:外務省「海外在留邦人数調査統計」

外務省「海外在留邦人数調査統計」によると、2022年1月時点で海外に暮らす日本人数は約134万人以上にのぼる。うち長期滞在者は6割を、残りを当国の永住資格を持つ永住者が占める(ただし、海外に暮らしながらも在留届を現地領事館に提出していない場合もあり、実際の居住数はさらに多いと思われる)。前年度に比べ、世界的パンデミックによって若干の減少が生じたものの、現在ネット上で公表されている統計最古となる平成元年(1989年、総数58万人)以来、海外に出る日本人数は年々増加傾向にある。

また、地域別で見ると、北米の在留邦人数はダントツの一位。全体の約37%となる50万人が全米50州に暮らしている。北米都市別の1位はロサンゼルス都市圏(約6万7,000人)、次いでニューヨーク都市圏(3万9,000人)となっている。

📷 スパイダー・マム(Spider Mum)。Praying for Japan❤️

◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし。

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