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ノイズと銭湯

今回のテーマ:ニューヨークにないもの

by 河野 洋

ニューヨークにないもの、それはズバリ、静寂だろう。この眠らない街で、無音状態を体感することはなかなかできない。リラックスしたい時、考えごとをしたい時、眠りたい時、できればノイズはカットしたい。耳に入ってくるノイズ(音)が少なければ少ないほど、落ち着くことができるから。しかし、そんな安らぎは、このニューヨークにはない。

さて、我々日本人から見て、ニューヨークにない日本のものは意外と少ない。日本のレストラン、食料品店、百均ショップ、本屋、雑貨店などが揃っていて、ありとあらゆる日本のものを手に入れることができるからだ。しかし、その中でもニューヨークにないものがある。それは銭湯だ。トイレで言えば、米国でもウォシュレットが設置されているところもあるくらいだが、さすがに銭湯はない。これは文化と習慣の違いから来ている。アメリカの子供達は小さい時から寝室を親と分けられ、自立心を養うようしつけられる。もちろん一緒にお風呂に入るというコンセプトなど全くない。そこに行くと日本は家が小さいこともあるが、子供の頃は湯船に浸かって親や兄弟と一緒に入るのが当たり前だった。

子供の頃の一番印象に残っているお風呂の思い出といえば、やはり従姉妹と一緒にお風呂に入ったことだろう。小学生の夏休み、長崎県の親戚の家に泊まりがけで遊びに行ったことがある。そこには高校生の従姉妹が二人いたのだけど、一回だけ叔母さんに「お姉ちゃんたちと一緒にお風呂入っておいで」と言われたことがあって、その時、二人のお姉さんに連れられて生まれて初めて異性と裸の付き合いを体験した。もちろん母親と入ったことはあったが、ティーンエイジャーの女性の裸体を目の当たりにした衝撃は今でも忘れられない。

当時、私は小学低学年の頃で、異性を意識し始める前だったので、さほど緊張した記憶はないが、男性と女性のからだの構造の違いは意識していたし、それに対する好奇心も全くなかったと言えば嘘になる。また、その時は、恥ずかしい気持ちより好奇心の方が大きかったので、うつむき加減になりながらも、お姉さん達をついつい上目遣いでチラチラ見たことを覚えている。凝視したら観察していることを気づかれてしまうので、子供ながらに「見て見ぬ振り」を工夫して続けたのだ。しかし「あの衝撃」をニューヨークの子供達は体験できる場がないわけで、そういう意味で私は今でも、日本に育ってよかったな、と変な優越感に浸ってしまう。

銭湯は独特の日本文化の1つで、日本人を形成する重要な要素。湯船に浸かり世間話をして、腹を割って話し合い、わだかまりは水で流す。ザ・ドリフターズで有名になった「いい湯だな」は、そんな日本人同士の裸の付き合いから生まれた名曲だと思う。米国で日本文化が幅広く受け入れられているものの、この銭湯文化が取り入れられることは、この先もないだろう。しかし、そんな銭湯に響く賑やかな音は、何処かしら、ニューヨーク(入浴)の喧騒に似ているかも!?

※ニューヨークには日本の典型的な銭湯はありませんが、韓国式スーパー銭湯、スパはあります。

2021年10月22日
文:河野洋

[プロフィール]
河野洋、名古屋市出身、'92年にNYへ移住、'03年「Mar Creation」設立、'12年「New York Japan CineFest」'21年に「Chicago Japan Film Collective」という日本映画祭を設立。米国日系新聞などでエッセー、音楽、映画記事を執筆。現在はアートコラボで詩も手がける。

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