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サービスとは

今回のテーマ:ニューヨークあるある
by 福島 千里

チップとは、レストランやタクシー、ホテルをはじめ、何かしらのサービスを受けた際に、料金とは別に支払う謝礼金だが、アメリカではチップ(英語でgratuity、tip)の習慣が国の隅々まで浸透している。

謝礼の額はサービスの種類にもよるが、料金のおおよそ15~20%。例えば、レストランで30ドルの食事をしたら、税金とは別にさらに6ドル(30ドルの20%)を心付けとして支払う(あくまで目安)。中には客のチップ計算が楽なように、レシートにチップのパーセンテージ・オプションがご丁寧に表示されているものも増えた。とにかくアメリカでは「チップ、払ってね」的“圧”が強い。

とはいえ、チップはサービス業に携わる人たちの労働対価の大切な一部だ。それがこの国のシステムなら、従おう。それに、やはり納得のいくサービスに対しては、適切な額を快く支払いたい。

ところが、このチップ。時にちょっとした揉め事の種になることもある。

飲食店に勤める友人に聞いたところ、チップの支払いをめぐって客(特に旅行者)と揉めるケースが時々あるという。アメリカ人はもとより、アジア人をはじめ、日本人旅行者などはわりときっちりとチップを置いていくのだそうだ。一方で、チップ圧(私が勝手にそう呼んでいる)が緩やかな欧州からの旅行者の場合、15%はおろか、ゼロのこともしばしばなのだそう(欧州にもチップ文化はあるものの、時代とともにだいぶ薄れてきているせいだというのだが、どなたか詳しい人がいたらぜひ教えてください)。この「チップを払うか、払わないか。そして払うならいくらなのか」でその場に微妙な空気が漂ってしまうのだ。

これを聞いて、学生時代の経験を思い出した。当時の私は渡米したての20代。同級生はみな高校卒業したての若者ばかりで、皆が実に慎ましやかな学生生活を送っていた。ある時、金曜日の放課後に珍しくみんなで食事をすることになった。学校近くの小さな中華料理店に入店し、数皿の料理を注文。しかし、店が混雑していたせいか、頼んだ料理が運ばれずに終わったり、会計を間違われたり(ここまではよくあるので仕方ない)、しまいには多忙だったサーバーに舌打ちをされてしまったりと、その場にいたみんながちょっと嫌な思いをした。食事が終わり、いざ会計となった際、誰かが声を上げた。

「チップ・・・どうする?」

料理は美味しかったし、まったく支払わないのも気が引けた。かといって、サービス満点の満額=15%(当時の基準)に相当していたかといえば、それも違う。社会経験の乏しい10代と、チップ文化に馴染みのない外国人が知恵を出し合って捻り出した答えは、「料金の10%分を置いていこう」だった。

現金をテーブルに残し、全員が店を後にした直後だった。なんと、従業員の1人が声を上げて追いかけてきたのだ。

「!!!❌○△!!!」

中国語だったので、なんと言っていたのか定かではない。が、おそらく「チップが足りない!」ということだったのだと思う。全員が瞬時にその場を去り、このエピソードはわれわれの間で後の語り草になった。

外国人の私がチップ文化に関して違和感を覚えるのは、サービス内容の如何に関わらず、サービスを提供する側とそれを受ける側の間で、「払って当然」「もらって当然」という感覚が定着してしまっていることだ。それにより、チップの本来の謝礼という意味合いが変質し、サービスそのものの質が変わることもある。

レストランで食事をしていると、笑顔のサーバーが「食事はどうだ?」「足りていないものはないか?」と様子を伺いに来てくれる。1〜2回ならいい。でも、これが時に食事中に数回繰り返されるとちょっとうんざりしてしまう。こっちは口の中をいっぱいにしているわけで、サーバーの問いに無言でうなづいたり、相席している友人や家族との会話を止めて返答しなければならない。かと思えば、本当に来てほしい時にこちらを全然見ていなかったりする。「食事はどうか?」と尋ねることはもちろん仕事の一部だが、それが気を配ることとすり替わってしまう。

お安い店ならまったく構わないが、ある程度の高級店(特に近年は値上げがすごい。なんなら便乗値上げもすごい)で同じことが起きるとチップへのモチベーションも下がってしまう(料理が高い=チップも高い)。私は一体何に対して20%+を支払うのか、と。もちろん、気持ちよくサーブしてくれるサーバーさんがほとんどだし、そんな時はむしろチップを弾ませたくなる。

事業によっては、従業員の賃金のベースアップを図らず、チップを極端に増額し補おうというところがある。ある時、マッサージ店で50ドルのサービスを受けたところ、会計事にチップとして20ドルを要求された。パーセンテージにして40%。これはさすがに暴利だ。すかさず「チップは義務ではないし、あくまで客からの気持ちのはずだ。それに額も客が決めるものだ」と反論すると、「チップを貰わないと私たち(従業員)が生活に困る」と応戦され、目が点になった(きっちり20%をお支払いしました)。後に口コミ・サイトで同店の評価を見たところ、レビュー欄が同様のトラブル体験談が溢れ、事業主を責め立てるコメントで荒れていた。

飲食業界が盛んなニューヨークでは、近年、チップ制度を廃止した店もある。市内複数店舗を手掛ける名物レストラン経営者のダニー・メイヤー氏は、自身の経営店舗でのチップ制度を撤廃。代わりにメニューの値段を上げ、従業員にしかるべき賃金を支払い、客からはチップは取らないスタンスを明確にした。しかし、ニューヨークのほとんどの飲食店は従来通りのスタイルを貫いており、会計事にはレシートの明細をことさら目を皿のようにして確認する必要がある(チップ込みの金額なのか、そうでないのか)。

どこかのキャッチのようにスマイル0円とか、おもてなしやボランティアは全て無料奉仕が当たり前なんて考えられないが、消費者としては真っ当なサービスに対し、快く適正な心づけを支払いたいと常に願っている。ニューヨークに来たら、チップ計算は気をつけよう。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし



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