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NYの暑い暑い夏

今回のテーマ:独立記念日
by 福島 千里

アメリカ、とりわけNYの本格的な夏は7月4日(独立記念日)と共にやってくる。それまでの爽やかな初夏の空気とは打って変わって、この日を境に湿度をともないねっとりとした暑さが続くようになる。

ーあぁ、またNYのバカみたいに暑い夏が戻ってきた。

私は夏はあまり好きではない。
日本にいた時も、そしてここNYでも。もうかれこれ20年ほど夏の一時帰国をしていないので、近年の日本の酷暑・猛暑というものを私は知らないのだが、日本にいる友人知人はこぞってこう進言してくる。

「悪いことは言わない。NYにいるべきだ。この時期には日本に戻ってこないほうがいい」

きっと日本に比べたらNYの暑さなんて大したないのかもしれない。
でも、苦手なものは苦手なのだ。

私が初めてこの土地で猛暑の洗礼を受けたのは、1999年の夏だった。日本への一時帰国を終え、気持ちもリフレッシュしてNYに舞い戻った7月4日の夜。JFK国際空港から一歩外に踏み出した瞬間、人生で経験したことのない熱波に言葉を失った。じっとしているだけで、ダラダラと額から汗が流れ、まるで真綿の空気を全身に纏っているような重苦しさと、湿度による独特の生臭さが鼻腔をつく。雨季の東南アジアともどこか違う。とにかくこの不快感から逃れようとタクシーに飛び乗り、ルームメイトが待つクイーンズ区のアパートへと急いだ。

深夜だというのに、ルームメイトは親切に私を玄関で迎え入れてくれた。タウンハウスの3階に位置する部屋に入る瞬間、彼女がボソリと呟く。

「この家、エアコンないから。覚悟して」

共有スペースのリビングのドアを開けると、そこからさらに外気とはまた違う重みのある空気が襲ってきた。

「うっぷ」

別に気分が悪かったわけではないが、思わず変な声が出た。聞けば、その当時で一番の熱波が来ているという。

学生だった私たちの部屋には、エアコンなんてファンシーなものはなかった。エアコンの価格は当時、1台200~300ドルぐらい。各部屋につければその倍はかかるし、月々の家賃に加えて100~150ドルほどの電気代がかかる。食費も生活費も削れるところまで削っていた私たちに、そんなゆとりはなかった。

ー耐えるしかない。

腹を決め、シャワーを浴び、寝支度を整えてさっさと自室の床に敷いたマットレス(ベッドはない)に横たわる。12時間のフライトに+13時間の時差ぼけ。とにかく眠い。この勢いでさっさと寝て、暑さなど忘れてしまおう。そう思ったが、その数分後にはそれも諦めた。

そもそも、私の四畳半ほどの部屋には窓が1つしかない。それも、あかりとりのような小さいやつだ。窓を全開にしても風は流れず、中古品の小さな扇風機だけが、暗がりの部屋の片隅で申し訳なさそうにカタカタと首を振り続ける。

その後も起きて洗面所で顔を洗ってみたり、手足を冷やしてみたり、キッチンに行っては水を飲み、意味もなく冷凍庫の扉を開けてみたりした。時刻はすでに午前4時。眠い。なのに、眠れない。窓の外では独立記念日の大騒ぎの余韻か、近所の若者が酔っ払って大声を上げながらアパート前の道路を行き来している。いいかげん、眠らせてくれ。しんどくて窓から投石したい衝動すら湧いてくる。

ーええい。

やけになって私はバスタオルを丸ごと洗面所のシンクに突っ込んだ。びしょびしょになったタオルを適当に絞り、それを首下から腰までびっちりと包むこと数分。体温が下がったせいか、徐々に意識が遠のいてきた。睡魔と寝苦しさの間でいったいどのぐらい格闘していただろうか。次に意識が戻った時には部屋の小部屋から白っぽい光が差し込んでいた。

午前6時。気温はさほど下がっておらず、この様子だと時期に再び暑くなるのだろう。あああ、こんな夏は大嫌いだ。そんな日々がしばらく続いた。

と、こんな感じで、私のエアコンなしの生活はその後も3年ほど続いた。

後に大学を卒業し、職に就き、経済的にも豊かになってくると、ちょっと家賃が高めの物件に越し、エアコンのある暮らしをするようになった。

今、我が家には輝かしいエアコンがある。望むままにスイッチを押せば、自宅は快適空間になる。もちろん、根がケチゆえ、つけっぱなしにすることはない。が、それでもかつての生活に比べたらとんでもないほどの天国だ。

そんなわけで、毎年、この日が来るたびにありし日の自分の暮らしぶりを思い出すのだ。今年の激アツな独立記念日を経て、これから8月末までは、NYでは一年で最も暑い天気が続く。そして今年の日本も猛暑だという。どうかみなさんもしっかり水分補給して、体調管理にはくれぐれも気をつけてください。

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◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし

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