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「もう死にたいわ」と呟いた。



喫茶店「時々、雨」を始めてしばらく経ったが、なかなか商売として上手くいかず、どうしたものかと悩んでいた。
そんな時、一人のおばあちゃんが店を訪れた。
彼女は杖をつきながら、80代くらいに見える。

席につくなり、彼女は「ナポリタンはある?」と尋ねてきた。
僕はナポリタンを作り、お出しした。
彼女は信じられないスピードでそれを平らげ、「美味しいわ」「懐かしいわ」と微笑んでくれた。

食後、珈琲を飲みながら彼女は語り始めた。
「亡くなった旦那がナポリタン好きだったの。久しぶりに食べて、旦那を思い出したわ」と
少し潤んだ目で教えてくれた。
彼女は3年前に夫を亡くして以来、孤独に耐えながら過ごしてきたという。
食事も味気なく感じていた彼女は、私の作ったナポリタンを久しぶりに美味しいと感じてくれたらしい。

「ありがとう。また来るわね」と言い残し、彼女は帰っていった。
それから彼女は毎回必ず店を訪れるようになった。
朝、昼、そして夕方と、一日三回もだ。
時にはオープン前に待ちきれず、早めに来る日も多くあった。

夕方には、タッパーにナポリタンを詰めて持たせるのが日課になった。

しかし、ある日いつもの時間に彼女が現れなかった。
心配になった僕は、彼女から聞いていた電話番号にかけた。
電話の向こうの声は弱々しく、
「立ちくらみがして動けないのよ。
持病があるから今日は行けないわ」と話した。

私はすぐに店の食材で食べやすそうなものを作り、彼女の家に急いで届けた。
彼女は悲しい顔で出迎え、

ぽつりと「もう死にたいわ」と呟いた。

その言葉に一瞬詰まった。

彼女が抱える孤独や病気との闘い、80年の人生の重みを思うと、簡単にその"死にたい"を否定することはできなかった。
僕は少し黙った後に
「この間行きたいって言ってた蕎麦屋さんが営業再開するらしいよ!もうすぐ相撲も始まるね楽しみだね!前言ってた絵本も書きたいって話、絶対実現させようよ!僕も協力するから」

そう話しているうちに、
僕は「だから…もう死にたいなんて言わないでくれよ」と本音を漏らしてしまった。
それからしばらく、毎回彼女にお弁当を届け続けた。

一ヶ月ほどして、彼女は元気を取り戻し、再び店に姿を見せた。
顔色も良くなり、「ありがとうね」と言ってくれた。
私は心から嬉しかった。

その時、
「あ、これが僕がこの店でやりたかったことだ」とはっきり思った。 

誰かと繋がる事。誰かと生きる事。
その居場所を作る事。
それが、僕がこの店を通してやりたい事なのだと。

人は一人でも生きていける。
けれど、一週間に一度でも語り合えるそんな時間があってもいいのではないか。

そんな時間をここで。
過ごして行けたら嬉しい。


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