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記憶

 何もかもが混乱している。
《ドール》
 そう呼ばれた事を覚えている。
 では、イファは誰?
 お父様と呼んだ人は?
 あれは―科学者達。
 闇の中の手の先の人。
 あの人達に感じた違和感は、こーいう事だったんだ。
「……こ………だ?」
 ふんわりと浮き上がる意識の上の声。
「問題……せんわ。…グ…が……協力して……」
 リィーグルが何?
「あんな奴など……」
「……万が一逃げ出しても、彼…捕まえられますわ。
 ドールは信用してるでしょうから」
 何の事を話してるの?
 瞼が重い。頭が痛い。体が動かない。
 こじ開けるように瞼を上げる。
「あら?起きたの?」
 イファの冷たい視線が私を捕らえた。
「どうするつもりかね?」
「また、やり直せばいいだけですわ。記憶を消すだけです」
 ぞくりと背筋が逆立つ。
「そうか。では頼んだぞ」
「任せてください」
 イファが礼をする。
 科学者が部屋を出て行った。

「騙して…たの……ですか?」
 声が震える。
 薬のせいか、体は思うように動かない。
「騙す?経過を見ていただけよ。
 それに、私達は言ったはずよね。部屋から出てはいけないって」
「大人しくしていれば良かったと言うのですか?」
 指先がじんじん痺れている。
「そうよ。余計な事を知らなければ、家族ごっこをしていたわ」
「家族ごっこ?だったら、最初から記憶を消してしまえば楽だったじゃない」
「……そうね。最初に消してしまえば楽だったわね」
 冷たい……ちがう、寂しい視線が、私を捕らえる。
「どうして……」
「さぁ、もう、お喋りはおしまい。目が醒めたら何もかも消えてるわ」
 ニッコリと微笑むその顔は悪魔の様。
 声さえ出せない。
「お休みなさい」
 針が私の腕へと届く。
 何もかも、嘘だと言うの?
 何処から?何処まで?
 リィーグル……。
 ゆっくりと落ちる意識の底で、イファの涙を見た気がした。

 誰か。
 誰か、誰かだれか。
 闇だ。
 誰もいない。
 叫んでも届かない声。
《ドール》
 冷たい、冷たい闇の向こうで声がする。
《ドール……》
 これは私の声?
 それとも……オリジナル?
 違う、科学者達の声。
《あれでは、役には立たぬ》
《優秀な遺伝子のみ残せば》
《要らないものは処分せねば》
 一部屋にたくさんの同じ人間。
 皆が机に向かってるその中で聞こえてくる声。
 異様。異質。それなのに、誰一人、疑問に思わない。

《ドール、貴方がどうして》
 ああ、記憶だ。なぜかそう思った。
(貴方がいたから―)
 憎しみに燃えたドールが、オリジナルを見つめている。
《ドール、その話は本当?》
 研究の話をドールから聞いたんだ。

(私、ドールじゃないわ。イファという名前を貰ったの)

 イファがドールだったの!?
 冷たい目。冷たい口調。全てが凍りついた心。

 リィーグルに出会って、イファは心を開く。
(リィーグル、助けて。私をここから連れ出して!)
『イファ!!』
〈イファ!!〉
 差し出した手、掴めなかった手。
 イファが掴もうとしたリィーグルの手は、微かに触れただけ。
 銃の音と共に崩れ落ちるイファの体。
 リィーグルだけが逃げ延びて、オリジナルはイファが死んだと思い込んだ。

 リィーグルが助けたかったのはイファ?






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