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「アジャイルリーダーシップ」から始まる、終わりのない旅について

こんにちは! 登山プラットフォームサービスYAMAPを開発している株式会社ヤマップでプロダクト・マネージャーをやっている土岐と申します。この記事は、YAMAP Advent Calendar 2022の12/18の記事となります。

「アジャイルリーダーシップ」から始まる旅

というわいえで今回の記事のテーマは以下の「アジャイルリーダーシップ」という本です。実際に読んでとても面白く示唆に富んでおり、いろいろと考えせられたので、その過程の一端を紹介したいと思っています。

最初にちょっとしたこの本、タイトルだけを見ると以下のようにうっかり思ってしまいスルーしてしまう方も多いような気がして勿体ない気がしています。

以下のような本ではありません。

  • アジャイル開発プロセス(XP・スクラム・カンバン)の導入の仕方、運用の仕方、そのリーダーシップの取り方について解説している

以下のような本です。

  • 変化の多い現代の時代(VUCAの時代)にどのような「適応性」のある組織・チーム・カルチャー・マインドセットであるべきか、それを作るためのリーダーシップのあり方

というと堅苦しいですが、要するに「今の組織なんか違うな、変えたいな、でもどうやって変えれば良いんだろう?」と思っている人に向けて、「アジャイルリーダーシップ」という切り口でその方法を解説している本です。

逆に言うと、「今の組織なんか違うな、変えたいな、でもどうやって変えれば良いんだろう?のようにふと思った人は既に「アジャイルリーダーシップ」の入り口に立っているわけです。

これを読んでいる方に中でそう思った方、いますよね? ということで私のアジャイルリーダーシップの旅と漂流について、簡単に紹介していきたいと思います。

本書の罠と「旅」のはじまり

とはいえ、ここでやりたいのは「まとめ」ではありません。この本で取り扱っている内容は1つ1つがかなりエッセンスが詰まっており、内容もマインドセットから組織論、リーダー論、各種フレームワークなど多岐に渡ります。このため、まとめるだけでも膨大な内容になってしまうので、あくまでも「自分がこのように読んだ」ということにフォーカスして書きます。

で、実はこの本の大きな罠が今書いたところにあると私は感じていまして・・・。

冒頭に「実際に読んでとても面白く示唆に富んでおり、いろいろと考えせられた」と書きました。最初に読んだ読後感としてはまさにその通りですが、この言葉は結局何も言っていません

よくありますよね。以下のような会話。

「あの本読みました」
「お、どうでした?」
「面白かったですね〜示唆に富みました。いろいろ考えさせれましたね」
「なるほど、具体的にどういうこと考えたの?」
「・・・・」

「いろいろ考えさせられた」というのは結局「読んでなんとなくいろんな場面を連想した」だけであることが殆どです(自分で言ってて胸が痛いです)。何ら行動の変化に繋がってないんですよね。つまり、結局読んだ後で残っている情報のストックとしてはゼロになってしまう。

「アジャイルリーダーシップ」はとてもエッセンスが詰まっていて、横断的に・豊富に実践的な情報が語られている本であるだけに、ツラッと字面を読んで「考えさせられたね」「示唆に富んだね」で終わってしまう可能性が高いと感じました。

本書の第6章「コンピテンシー」の「変化」において、以下のように語られています。


どんな変化も起こすのは難しいものですが、自分を変化させることは通常最も困難です。しかし、やる価値は絶対にあります。リーダーがまず変わる必要があります。そうすれば組織はついてくるでしょう。

自分自身から始めましょう。アジャイルリーダーのモデルになるのです。

『アジャイルリーダーシップ』p146 第6章「コンピテンシー」「変化」

つまり、『アジャイルリーダーシップ』という本によって「自分を変化させる」こと自体が最も困難であると同時に、それこそが「アジャイルリーダーシップ」の始まりであるわけです。というわけでこの本を読んで「示唆に富んだぜ」「考えさせられたぜ」と語っているようでは甘っちょろい、何も読んでないも同然!(ちょっと飛躍気味の論理ですが)

それでは考えなければなりません。いわばこの本は、汎用的に作られたAPIであって、それを実装するのはあなたの組織であり、あなた自信の責任です。この本で読んだことを活かすにはどのようにすれば良いか? ここからがこの本を読んだ旅の始まりです。

すべては「気づく」から始まる

その入り口の探索においても参考になるのが、本書の中で語られていることです。

『アジャイルリーダーシップ』p79 「気づく」の図

アジャイルリーダーシップモデルは、リーダーが組織を別の視点から見て、システムとのつながりを保ち、次の3つのステップを通じてシステムの潜在能力を引き出すことを手助けします。「気づく」「受け入れる」「アクションを取る」という3つのステップです。

『アジャイルリーダーシップ』p78 第5章「アジャイルリーダーシップモデル」「気づく」

そこで起こっていることを観察し、「気づく」ことからすべてが始まります。一見簡単ですよね。ところが自分としては、これが一番難しいと感じています。なぜかというと、恐ろしいほど人は「バイアス」に捉えられているからです。この話だけで1つの本が書けるくらいの膨大なテーマがあります。

少し話がズレますが、特に組織で「リーダー」「マネージャー」という立場になればなるほど、この「バイアス」を持ちがちであることを感じています。なぜかというと、『アジャイルリーダーシップ』の中でリーダーシップ・アジリティの一番低い段階として語られる「エキスパート」と語られている人物になることが、この立場の最初であることが多いからです。

『アジャイルリーダーシップ』p51 リーダーシップ・アジリティの図

エキスパートは古典的な上司や管理監督者です。一番知識を持っているからこそ、経験を活かして人にアドバイスしたり手本となって導いたりできる人です。

『アジャイルリーダーシップ』p51 第4章「アジャイルリーダー」「リーダーシップ・アジリティ」

知識・経験があるからこそ人は素速く問題解決を行え、それによってリーダーになる。しかし、同時にそれは効率的な問題解決のための多くの「バイアス」を持つことと同義であり、「気づき」から遠ざかっていく。

本書ではリーダーシップ・アジリティの最上位のモデルとして「カタリスト」という状態(現時点では全体の10%しかいない)について提示しています。

カタリストであるリーダーは、みんなが成功できる空間や環境を作ることに集中します。多対多の関係が生まれる文化を大切にし、コラボレーション、透明性、オープンさを重視します。

『アジャイルリーダーシップ』p51 第4章「アジャイルリーダー」「リーダーシップ・アジリティ」

「カタリスト」に至るためには、知識や経験、そして多くのバイアスを得て「エキスパート」になりますが、さらにその先の「カタリスト」に至るためには、得ていたバイアスを手放して(アンラーン)して観察しなければならない、というわけです。なんたる困難さ!

「これってウォーターフォール?」

とはいえ、いきなり最難関の「カタリスト」に至るのは難しいので、シンプルに考えましょう。最初の話に戻りますが「今の組織なんか違うな、変えたいな、でもどうやって変えれば良いんだろう?」 ということを考えたとき「なんか違う」という違和感を気づいたと思います。

この「なんか違う」の解像度を上げることが「気づき」に繋がる、そしてそれを「受け入れる」「アクションを取る」に繋がると思います。ということで、最近の私自身の具体的な「気づき」の話をします。

私は現在はYAMAPではプロダクトマネージャーとして動いており、VPoP(Vice President of Product)としてプロダクト戦略のとりまとめを行っています。その中でも重要度の高いのが「OKRの決定」です。YAMAPは半年に一回「OKR」を作っており、検討をする会議では2〜3時間程度のミーティングを4回ほど実施して集中的に議論をして決めています。そのとりまとめを行っています。
ちなみにYAMAPのOKRの運用については、以下のようなプレゼンを行ったことがあるので参考までに貼っておきます。

そしてこの来期のOKRを決めるミーティング、すごく大変です。以下のような様々に交錯する情報を集めながら、来期のやること・やらないことを考えます。

  • 前期の各事業の数値結果

  • プロダクトの日々の利用状況

  • 会社の財務的な数値計画との差分

  • 開発の中長期ロードマップと現在の進捗

  • 新規事業の現在のステータスと計画

  • 開発のリソースの配分

  • Etc・・・

シンプルに言うと「ものすごく変数が多い」状態です。数多くのミーティングを経て様々なステークホルダーと会話し議論する必要があり、あまりにも複雑で総合的に判断するのが難しい、という状況が生まれます。

で、やはり「変数が多い」ことが問題あるならば、「変数を減らす」こと によって解決になるように見えます。この線で私も考えてみました。

・・・「変数を減らすためにどうすれば良いか? それはある程度の見込みをつけて計画を固定化し、それについては議論しない、ということができれば良いのでは。そうだ、"今後3年間の数値計画"、"それを達成するための事業計画"、"それに向けて開発する機能"を決めてしまって、それを固定化すれば、あとはそれを実行することだけを考えれば良いので議論はスムーズになりますね。完璧だ! やるべきはプロセスを決めてしまうことだ」

というわけでここまで考えた時点で気づきます。これは絵に描いたようなウォーターフォールではないか?

変わることが来たのです。計画ばかり作るのはやめましょう。検査し、適応するのです。

私たちは、次に来るものがわかならいということを受け入れるしかありません。そして今起こっている変化は、次の世代が引き受けるようなものではありません。向こう1〜2年の話なのです。

『アジャイルリーダーシップ』p16 第2章「リーダーシップは心のありよう」「アジャイルとは何か」

もともと、変化の多いVUCA(「 Volatility (変動性)」「Uncertainty (不確実性)」「Complexity (複雑性)」「Ambiguity (曖昧性)」)の時代に対応するために生まれたOKRという目標管理手法。しかし、それを運用するための負荷を軽減するために、変化を許容しないウォーターフォールに行き着いてしまうという矛盾。これはなかなかに皮肉なことです。

「個人との対話を」の意味としんどさ

一度立ち返って、このOKRを決める「大変さ」についてもう少し深掘りしてみます。問いの形を変えると、以下のようになります。

  • 数多くの議論を重ねる大変さによって、我々は何を得ようとしているのか?

これについて考えるときに、ふと重要な話を思い出しました。アジャイルソフトウェア開発宣言の「プロセスやツールよりも個人との対話を」です。


アジャイルソフトウェア開発宣言
https://agilemanifesto.org/iso/ja/manifesto.html

余談ですが、このアジャイルソフトウェア開発宣言、知ってから10年くらい経つのですが、最初は「いいこと言ってはるわ〜」くらいに軽ーく思ってたんですが段々とその内容が身に染みてきますね。「これはしんどいけど大切だわ・・・」になって実感してています。

つまり我々は「個人との対話」をし「変数を増やす」ことによって、「変化への対応」という最も重要なことを実現しようとしていたのです。これは重要な気づきですね。これを効率化するためにプロセスを決めてしまうことは、その重要なエッセンスを骨抜きにしてしまう行為、というわけです。

『アジャイルリーダーシップ』の中でこのようなテーマの話は多くの箇所で変奏されながら語られています。特に「コラボレーション」の項目で語られていることは印象的でした。

アジャイルとは、つまるところチームとコラボレーションのことです。
<中略>

厳格なプロセスは創造性を奪うので、単純で予測可能な状況でしか機能しません。

企業が日々直面している状況が入り組んでいればいるほど、従うべきプロセスを定めるのが難しくなります。
<中略>

本物のコラボレーションのあるところでは、人々は責任やオーナーシップを共有し、単一の目標を持っています。「一緒にやろう」というわけです。

『アジャイルリーダーシップ』p132-134  第6章「コンピテンシー」「コラボレーション」

我々が「コラボレーション」に至っているか、ということはまだ疑問ですが、少なくとも我々が求めているのは「コラボレーション」だった、というわけです。同じ目的に向けて「一緒にやろう」ということで意見を交換し、共通の目標を作り上げる行為をやりたいがために、「大変さ」を選択していた、ということですね。

一見「コラボレーション」という言葉には安直な良さ、楽しさみたいなイメージがあるのですが、厳密な「プロセス」に逃げずにこれを選択し続けるというのは、なかなかにしんどいことです。しかし、我々はこれを選び続けるべきである、ということを『アジャイルリーダーシップ』では語っています。スパルタ!

ではどうすれば? ファシリテーションとティール組織

 「コラボレーションやっていくぞ」「大変さ・しんどさを受け入れるぞ」と心に決めたとして、ではどのように「あまりにも複雑で総合的に判断するのが難しい」「そのためのコストが大きい」という状態から判断を引き出していくか、ということにフォーカスが当たります。

この視点で改めて『アジャイルリーダーシップ』を読み解いていくと、幾つかのヒントが描かれています。

まず重要なのが、ファシリテーションのスキルです。これは先ほどのコラボレーションが語られている「アジャイルコンピテンシーマップ」の中でも重要なこととして紹介されています。

チームによるコラボレーションがごく当たり前な働き方になるまでの間、ファシリテーションは効果的なコミュニケーションを可能にする非常に重要なスキルです。「知識ベースでネットワーク化された新しい掲示において、よく話、ともによく考える能力は、競争優位と組織の有効性の重要な源泉となります」

『アジャイルリーダーシップ』p137  第6章「コンピテンシー」「ファシリテーション」
『アジャイルリーダーシップ』p137 「ファシリテーション」の図

では、どのようなファシリテーションが必要なのか? この本では具体的な内容が語られていません。しかし、ここで言われているのは単に「一回のミーティングを効果的に行うためのファシリテーション」という意味にとどまらずに、中長期的に組織をコラボレーションにフォーカスさせるためのファシリテーションが求められていることが分かります。

以下は、「アジャイル取役会」について記載されているものですが、これは戦略を決めるための会議全般についての記述と言えます。ここに1つヒントが隠されています。

取締役たちは、状況報告を受けるために会議を開く必要はないでしょう。会議を開くのは、お互いを理解し、創造的な会話やビジョンのセッションを行い、フィードバックをするためであるべきです。取絞役たちは頻繁に、1〜2ヶ月に1度(これがスプリント期間ということになります)は合うべきです。そしてコミュニケーションと、前回の会議以降に進めた仕事に焦点を当てるのです。
<中略>
最後に、構造と計画が固定されていなければいないほど優れたファシリテーションの必要性が高く、ファシリテーションがしっかりしていなければカオスに陥ってしまうことは心にとどめておいてください。

『アジャイルリーダーシップ』p233-234  第6章「ビジネスアジリティ」「アジャイル取締役会」

ここで学べる大きな要素としては以下の2つがあります。

1.コミュニケーション(コラボレーション)に集中するべきであること。そしてそのために「透明性」を確保して状況報告のための会議を最小限にすること
2. できるだけ頻繁に戦略について議論し、検査と適応を素速く行うべきであること

上記のようなサイクルを行うために「ファシリテーション」が中長期的に必要なのであり、そうでなければカオスに陥っていく、ということですね。

コラボレーションに集中するための環境を作り、より頻繁に議論を行うためにファシリテーションを発揮していく、ということを目指していくということが見えてきました。この方向性は理解する一方で、そうすると「より意志決定者の高い能力」「ファシリテーターのより高いファシリテーション能力」が求められてくることになり、負荷が局所的に偏ることになるのでは、という疑問が出てきます。

それに対しては、より組織を「グリーン組織」「ティール組織」に近づけていく、ということが本書の中で答えになりそうです(双方とも『ティール組織』の用語)

『アジャイルリーダーシップ』口絵4

グリーン組織は文化を重視し、エンパワーメント、エンゲージメント、価値基準の共有を大事にします。
<中略>
ティール組織は自己組織化と創発的リーダーシップを基盤として、意志決定が分散されるようにします。グリーンとティールの両組織は複雑系に最適化されており、人々に高い自律性を与え、新しいアプローチを試み、ビジネス価値に非常に重きをおきます。

『アジャイルリーダーシップ』p213-214  第8章「アジャイルな組織をつくる」「ティール組織」

「自己組織化と創発的リーダーシップを基盤として、意志決定を分散していく」ことができれば、意志決定やファシリテーションが局所に偏ることなく、組織全体で変化に対応したアジャイルなコラボレーション・意志決定が可能になるのではないか? ということがイメージできます。

私個人の私見としては「ティール組織」の概念を知ったとき「過度に理想的な組織論」というイメージを持ってしまっていて、あまり実践的に捉えていませんでした(積ん読になっていた)。しかし、これは「アジャイルをやるな、アジャイルになれ」と同じように、「組織の目指すべき状態への地図」と捉えていくことで、より実践的な内容を今なら引き出すことができるのではないか、という気がしてきました。ということで改めて読んでみよう!

ということで、ファシリテーション・コラボレーションへの集中・ティール組織への道あたりが我々が悩んでいる課題への解決へ至る道であることが見えてきました。ここで私の現在までの旅は終了になります。

ここからどのような実践を引き出せるか? 引き出した結果何が起こるか?  それこそがアジャイルリーダーシップの実装です。この終わりのない旅についてまた、改めて報告できる機会をぜひ作れるように奮闘したいと思います。

おわりに

本書を手に取ったきっかけは、訳者の「株式会社ユーザベース」の一人であり、代表して「訳者まえがき」を執筆している野口光太郎氏から「訳したよ〜」という連絡が入ったことでした。
野口氏は私の以前の職場での同僚であり、スクラムマスター研修を共に受けてスクラム導入に尽力した戦友であり、大きく私のエンジニア観から人生観にまで影響を与えた良き友人であります。そんな彼が訳した本、読まないわけにはいかない! というわけで手にとることにしました。
改めて、野口氏を始めとして株式会社ユーザベースの皆様、素晴らしい本を日本に届けていただきありがとうございました。翻訳もスッキリと読みやすくされて質が高く感じました。難しい表現だと思われるところも分かりやすく訳されていて苦労が覗えました。多大な労力にひたすら感謝です。


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