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【読書記録】

『キッチン』吉本ばなな

 生きていれば受け入れられないことも起こる。
 大切な人を突然失うこともある。
 そういうときほど、自分が何を思ってるのかわからなくなって混乱してしまう。現実から逃げたり、別のことで気を紛らわせたり、自分の感情を誤魔化したり、そうやって目の前の現実を生きると思う。
 自分の感情を誤魔化して、自分が感じた悲しみとか辛さとかがどんなものだったかわからなくなっちゃうことはよくあることだと思う。

この本のなかで生きる人たちは、自分の心がわからないときはわからないままで、自然に浮かぶ目に見えないもの、言葉にできないものを大切にしているように見えた。

「キッチン」。私はこの本を何回も何回も読んだ。現実の目まぐるしい濁流に流されて、見えなくなっちゃった自分の心のなかの砂金をすくう作業に近かった。この本の言葉に目を滑らせているとひとりでに涙が出ることがたくさんあった。

大切な人がいなくなった時。
自分が生まれてからも死ぬまでも1人だと気づいた時。
孤独にさいなまれて無気力になって不安になる。
若い頃は自分を愛する代わりに恋人を愛するとかいう文章を前にどこかで見たのが頭の隅に残ってる。
生きていくのはいつも本当は1人で、それが耐えられなくて誰かといたくなるのかもしれない。

雄一みたいに生きられたらどんなにいいだろう。

なんのしがらみもなく、見栄もなく、ただ素直に大切だ、好きだ、って思ったものを大切にして生きられたらどんなにいいだろう。

雄一みたいに、みかげみたいに、しぜんに誰かのことを大切にしたいと思える日をゆっくりと待ちたいと思う。

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『ムーンライトシャドウ』も大好きな作品になった。
失ったところを失ったままにしておくこと、それはむずかしいことだと思う。でも2人はそうした。
そうして生きている2人を、それぞれの恋人たちが背中を優しくおしてくれて、彼女と彼はそのさきの人生にまた足を踏み出す。

本当のことなのか、夢なのか、そんなことはどうでもよくて、彼女たちの目に映ったものだけが事実だと思った。

何があっても、大切な人がいなくなっても、1人でも、目の前の現実を生きていかないといけない。でも、目の前の現実だって、決してわるいものじゃないかもしれない、そういう微かな光が心にさすような気持ちになった。


最後に、私は角川出版の単行本を読んだが、友人が新潮出版の単行本のあとがきを読ませてくれた。
どうして私が何回もこの本を読みたくなって何回も泣いて心が洗われるような気持ちになったのか、ちょっとわかった気がした。

ここまで読んでくださった方へ
ありがとうございます。

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