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気まま飯の歳時記

冷蔵の中にあった残り物を適当に突っ込んで煮詰めたおじやをかきこむ。
棟梁からシェアハウスの管理と運営を引き継いだものの、他の入居者はいないから6LDKのリフォーム古民家は寒々しいばかりだ。
新年早々ではあるが、餅も七草粥も、独りで過ごす分にはどうでもよかった。目の前で白い湯気をくゆらせているソレは、必要な栄養素が取れれば良しといわんばかりの手の抜きようである。
なんていっても、飯の作り甲斐がねぇ。
そんなことはさておき、これから入居者を増やしていかないと、こちとら商売上がったりである。
さてどうしたもんかなぁ……?
と思いながら、目の前のおじやの写真を撮る。
何かしらの情報発信をしていかないと、客の目にも止まらん。
とはいえ、こんな色気のない飯の写真に、なんらかニーズがあるとも思えなかった。
まぁ、何もしないよりはマシだろう。
そんなこんなで明確にやることが決まるまでは、飯の写真を中心に近所を散歩した時の写真ばかりをシェアハウスの公式SNSに上げていた。

*****
自分が大したことじゃないと思うことでも、やっておくものである。
「ただいまでーす!」
新年度から、三食飯付きの条件で入居者が決まったのだ。
最初の問い合わせのメールが「もし入居したらインスタの写真に上がってるようなマシが食えますか?」だったのは驚きである。
「今日のご飯はなーにっかなぁ?」
軽快な文句と共にダイニングにやってきたのは、入居者の眞井だ。
休学していろいろやってた時期があるようだが、新卒ほやほやの新社会人。配属の絡みでこっちにやってきた営業マンだ。
男のわりに小柄だが、非常にパワフルな印象で人懐っこい大型犬をそのまま擬人化したような奴である。
そんな見た目とは裏腹に要領がよく狡猾な面もあるようで、入社2か月ぼちぼちで新規営業で案件を獲得したってんだから恐ろしい。
「ほい、お疲れ」
俺は仕込んでおいた海鮮丼をダイニングテーブルに座って待っている眞井に差し出す。
「初契約と初任給、おめでとう。入居祝いができなかったからな」
眞井はデカい目をさらに見開いてキラキラと輝かせていた。
「こんなにはやく本場の海鮮丼が食べられるとは!」
「本場っていっても、そこの魚屋で買ってきた刺身を切って並べただけだぞ」
箸を渡しそびれていたことに気づき、手渡す。
「それでもですよ! これ桜鱒ですよね!? 地元じゃ食べられないので!」
眞井は「いただきまーす!」と嬉々として海鮮丼に食らいついた。
自分より若いやつが嬉しそうに自分が作った飯を喰らうのを見るのは、やはり気分よかった。
結局、自分の飯は作らにゃならんのだから、少し朝早く起きて、眞井の朝飯と弁当を作る生活は悪くない。
いい朝活にもなるし、飯代を加算で貰っているから経営事情も潤う。
まぁ、それがシェアハウスの売りになる日が来るとは思わなかったが。

*****

今日は家の一斉消毒をする羽目になった。
眞井が出張先からノロウィルスを持って帰ってきたのだ。
上からも下からもゲロっている眞井は棟梁に無理言って用意してもらった個室に隔離の上、今日から入居するはずだった青木さんには、本人が手配したビジネスホテルに緊急避難してもらっている。
真夏にノロが流行るなんざ、珍しいこともあるもんだ。
とりあえず窓を開け放っていても、寒さで死ぬ思いをしなくていいことに感謝する。
消毒自体はそこまで手間のかかる作業ではないから、ついでに細かいところの掃除も一気にやってしまおう。
そんなわけで朝から汗水垂らして黙々と大掃除をしている。
家の外側から家の窓を磨き終えて、昼近くなってきたからそろそろ一休みするかと思った頃、買い物袋を下げてマスクをした長身の男がやってきた。
「青木さん」
青木さんが俺に会釈をした。
「これ、差し入れです」
俺は青木さんから買い物袋を受け取る。
「これからお世話になるご挨拶も兼ねまして」
「お気遣いありがとうございます」
青木さんが持ってきてくれた買い物袋にはおにぎりといったすぐに食べられるものから、ゼリーや冷や麦など胃腸の弱った人間でも食べやすいものがたくさん入っていた。
「すみません……入居初日からこんなことに」
「いえいえ」
青木さんは嫌な顔一つせず、にこやかに言った。
「午後何かあれば、僕もお手伝いします」
「いやいや! こちとら迷惑かけっぱなしなのにそこまで!」
気の良すぎる青木さんに、俺は恐縮してしまった。なんていう紳士なんだ。
「あはは。困ったときはお互い様ですよ。僕も小さい頃は病気がちでしたし」
青木さんはふとシェアハウスのウッドテラスに目をやった。シェアハウス立ち上げの前、俺と棟梁でDIYしたウッドテラスだ。
「あそこでお昼にしてもいいですか?」
と青木さんは提案した矢先に「あ」と声を漏らした。
「差し入れに僕の分のおにぎりも混ぜちゃいました」
「ウッドテラスで一緒に食べましょう!」
そんなこんなで、二人で昼飯を食べることになった。
スーパーで買ってきた出来合いのおにぎりと、カップゼリーという簡単な昼飯である。
ウッドテラスに置いたアウトドア用のダイニングテーブルを囲んで、青木さんが買ってきてくれたおにぎりにパクつく。中身は梅か。
ふと、要件を思い出す。
「家じゅうの消毒は終わっているので」
午後から青木さんの荷物を引っ越し業者が搬入することになってるんだった。
「ありがとうございます」
穏やかな菩薩系オーラが半端ない。
「これからの生活が楽しみです」
「初日からこんななのに?」
青木さんからしてみれば、この状況は災難である。
「過ぎてしまえば笑い話ですよ。それに」
青木さんがふふっと笑った。
「吉崎さんの作るご飯はいつも美味しそうですし、眞井さんと会うのも楽しみです」
ここ最近は眞井にもこっちの広報にも協力してもらっていた。
協力といっても、二人で遊びに行った時の写真をインスタで使わせてもらうとか、食いっぷりの良さを動画に載せさせてもらうとか、そんな感じのノリだけど。
「僕も一緒に、流しそうめんとかしたいなぁ。できそうじゃないですか。このお庭」
あ、こいつ天然だな。
大人の抜けた一面に、俺は吹き出してしまった。
「そうっすね! 棟梁にいえば流しそうめんのやつ、借りられると思うんでやりましょうか!」
「わぁい」
わぁいって。
そんなこんなでまた一人、一緒に飯を食う仲間が増えた日の盛りだった。

*****

「よしくーん! あたし、どこ停めたらいい?」
キッチンカーでやってきた快活な女性が俺を呼んだ。
「笑美さん、おはようございます! ガレージの横にお願いします!」
「あいよー」
笑美さんは慣れたハンドルさばきで頭からガレージ横のスペースにキッチンカーを入れて駐車する。
「吉崎さん、ちょっとー!」
今度はウッドテラスに作った休憩用のスペースを任せている眞井から呼ばれる。
「今行く!」
今はシェアハウス総出で企画したイベントの朝。
とにかく人を集めてなんかやろうみたいな感じで、コンセプトらしいコンセプトはないのだけど、キッチンカーで出てこられる飲食店やら個人で出店して回っているようなハンドメイド作家やらを集めてちょっとしたバザーのようなものを開催することにしたのだ。
そんなわけでイベントの仕込みで賑わっているのである。
眞井との細かい確認を終えて、笑美さんのところに行く。出店者さんたちへのあいさつ回りはいろんな意味で大事だ。
「笑美さん、今日はありがとうございます」
「こちらこそありがとうね。あ、ねぇちょっとこれ食べてみてくれる?」
そういうと笑美さんは俺に袋に入った何かを手渡した。
アルミホイルに包まれた棒状のものが二本は入っている。一本には赤いシールも張ってあった。
「クレハさんのところの焼き芋ペーストを使ってパウンドケーキを作ろうとしてるんだけど、リキュールを入れるかどうか迷ってるの。砂糖はいらないと思うんだけどね。あとで意見聞かせてくれる?」
なるほど。そういうことか。
「いいっすよ。うちの入居者にも食べてもらいますね」
笑美さんとは棟梁繋がりで何年か前から仲良くさせてもらっている。
焼き芋屋のクレハさんとお互い仲がよかったら、今日の出店にも誘ったのだが、地方で先約済みだった。
「焼き芋は追熟にもう少しかかるから初売りは来月に入ってからになりそうだって」
クレハさんのところの焼き芋、飲めるスイートポテトだからな。だからパティシエの笑美さんがスイーツコラボしてんだけども。
「そうっすか。来月あたり、俺も行きますかね」
「いこいこー。あれ食べなきゃ冬越せない」
いやいや大げさっしょ、笑美さん。
「吉崎さん」
庭で七輪を設置していた青木さんに声をかけられる。
秋刀魚やら何やらひたすら焼き続けて食べる予定のスペースを作りたいとのことで、材料費だけは回収することを条件にわりと好きにやってもらっていた。
「着火材が思った以上に湿気ていて。麻紐とか燃やせそうなものないですか?」
「麻紐なら文具の入ってる棚の一番下の引き出しに入ってると思います」
「ありがとうございます」
とシェアハウスに入っていこうとする青木さんを、笑美さんが彼の服をガッチリと掴んで引き留めた。
「顔がいい!」
は?
「私、よしくんの友達で秋山笑美っていいます!」
「えと、青木夏彦です?」
「すっごい格好いいですね!」
おい。
この瞬間から、笑美さんの猛アタックが始まったのはいうまでもない。
てかすげぇな。女の本気は。

*****

「吉崎さーん! お酒買ってきました!」
「サンキュー。冷蔵庫入れといてくれ」
「はーい。にしても豪華ですね! 年越し鍋会!」
眞井は買ってきた酒や飲み物を冷蔵庫に収めながらいう。
「まぁな」
俺はキッチンで鮭を捌きながら返事をした。
年末は眞井も青木も実家に帰省するというし。
「私も嬉しいです。こんなに大勢でご飯食べるの久しぶりなので」
紅一点、雪奈ちゃんのシェアハウス入居が決まったので、歓迎会を兼ねて盛大にやることにした。
この子は棟梁の紹介できたのだけど、何か訳アリのようで、帰る実家はないらしい。
「雪奈ちゃんが地元の鴨持ってきてくれたからより豪華になったな」
「私は吉崎さんが仕込んでくれる石狩鍋の方が楽しみです」
雪奈ちゃんは静かにそしてしとやかに笑った。
「にしても雪奈ちゃん、手際がよくて助かるわ」
そんなわけで彼女には野菜やらなんやら食材を刻んでもらっている。
「俺、鍋取ってきますね」
眞井が倉庫に鍋を取りに出たとき、玄関ドアの開く音がした。
「お邪魔しますー!」
「ただいま」
笑美さんと青木さんだ。
「ケーキ持ってきたよーん! あたしの店の特性ケーキ!」
おそらくクリスマスの売れ残りであろう。
それでも充分だし、食品ロスを意図的に増やす必要もない。持ってきてくれるのは有難いし、彼女の慰労も兼ねている。
「二人でクレハさんのところにいってきたので」
と青木さんは焼き芋を持ってきた。
「焼き芋入らなさそうなんで、テーブルの上に置いておいてもらっていいすか?」
「はーい」
笑美さんの猛アタックが功を奏し、二人は付き合い始めていた。
というより全てがとんとん拍子に進み、年末には双方の家に挨拶に行くらしい。
とにかく押しに押され、褒めに褒めたおされて、絆される青木さんも青木さんでちょろいなこいつと思わなくもないのだが、二人が幸せならいいのだろう。
「焼き芋、ですか?」
雪奈ちゃんが首をかしげる。
「ああ。クレハさんっていう人が焼き芋屋やってんの。そこの焼き芋がめちゃくちゃ甘いんだよ」
「へぇ……!」
「あ! アナタが雪奈ちゃん? 可愛いー! はじめまして!」
ケーキを冷蔵庫にしまうやいなや、笑美さんは雪奈ちゃんに絡みはじめた。
今年に入ったばっかりのころは、年末にはこんなに賑やかに飯の準備をしているとは思えなかったな。
下ごしらえをしながら、今年のことを振り返っていた。

*****

久々に朝寝坊をする。
今日は誰かのために朝飯を作る必要がなかった。
実家帰省組については、昨晩の鍋会の残り物を適当に食えといってある。
身支度を整えてリビングに出てきたころには、野郎どもの部屋はもぬけの殻だった。
二階から雪奈ちゃんが降りてくる。
「おはようございます」
「おはよう。飯まだ?」
「はい」
「じゃあ一緒に食うか」
俺はダイニングテーブルのカセットコンロに火をつけた。
コンロの上には鴨鍋の残りが入った土鍋が乗っかっている。
その足で俺はキッチンに行き、戸棚にしまっておいた蕎麦を取り出す。
それから鍋が程よく温まったの見計らって、蕎麦を鍋放り込んだ。
「ちょっと早いけど、年越し蕎麦にするわ」
鴨鍋の翌日に鴨蕎麦。粋じゃねぇか。
「はい。お椀とお箸持ってきますね」
雪奈ちゃんはふんわりと笑った。
食器の用意を終わらせ、蕎麦が茹で上がるのを見て火を止める。
二人で鍋に箸を入れて、蕎麦をお椀に入れる。
ほぼ同じタイミングで蕎麦を啜った。
「美味いな」
「美味しいです」
家の中には二人が蕎麦をすする音だけが響いている。
鍋は白い湯気をくゆらせていた。

〈おわり〉

〜あとがき〜
句集「一人暮らしの気まま飯」から起こした書き下ろしです。

とにかく書くことを目標にやや突貫工事気味で書いてたので、色々足りないところも多いかと思います。
些細なものの積み重ね的な内容なので展開が単調だったりもしますし。

そして突貫で書けば書くほど、自分の癖というか、経験みたいなものが強く出るなぁと思います。
わりと実話ベースな話も多いです。

写真はこれも神戸に行ったときのご飯。
鍋とマコモ茶ですね。
やや雑多な感じもありますが、鍋があったので。

なんにせよ年末のちょっとした暇つぶしになれば。

明日も多分何か出します。
ではでは。

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