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錦糸町の天使

2017年3月15日  facebook投稿  ·

今日はジェームス・ジョイスのような感じで。

錦糸町という町は天使と悪魔が同時に舞い降りて、お互いの使命を忘れて路地でホッピーを飲んでいるようなところだ。
天使がもうよそで飲んではダメだよというと、悪魔が現れて飲んでいけという。悪魔は天使を何人か雇っていて、あたかもそこは天国のように語る。

私はそこが天国ではないことも知っているし、さりとて地獄ともいえるところではないので、いつものようにまた今度と言ってやりすごしていく。
借金が終わったら、あなたの紹介する店に勤めるよとは言うけれども悪魔に雇われた天使の嘘は嘘として戯れないといけない。

寿司を食べて帰ろうとしたら、この町でもっとも古い居酒屋の女将夫婦とばったり出会う。そろそろと聞いてみると夫婦は岩手の一関の生まれで、夫が満州に開拓に行くからといって見合いで婚約を決めたという。
妻は満州には行かず、未来の夫が帰って来るのを待っていたけれども、しばらくは行方知らず。数年してひょっこりと婚約者が帰ってきた。
さりとて一関には仕事はなく東京の上野からほど近い錦糸町の闇市に空いている店があり、二人でもつ焼き屋を開いた。

気がつけば70年がたって、それでも二人は変わらず一緒に居る。子どもはいないから跡継ぎはないけれど、このあばら家の店も自分たちが死んでしまえば朽ちていくことも仕方がないとは思う。お客さんたちがこの店を愛してくれたことはありがたいと思う。

あれから随分月日がたったけれど、店が終わったあとに、すしざんまいだけれどもトロを食べているのはほっとするのよ、と言う。80歳の天使はそう言って、トロの寿司をぺろりを食べる。外に出ればこざかしい悪魔はたくさんいて、そこをすり抜けていくのは黄泉の国めぐりのような不安と楽しみがある。錦糸町を愛してやまない理由はそんなところにあるのだと思う。

<プロジェクト担当者より>
本人が生前語っていたところによると、「もっとも古い居酒屋」とは、見出し画像のお店のこと。経過した時間と女将さんの年齢が少し合わないですが、原文のまま掲載します。

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