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本末転倒の分解と再構築

以前に読書リハビリの開始の際に、溜まってしまった文學界をスキャニングする話を書いたのだけど、実際にはちょっと心持ちが変わってきているのです。

当初は単純に場所の問題があり、さすがに整理していかないとなというものでした。
そしてその中で強い動機の一つになったのが平民金子の連載でした。
これを全て電子化しておけば、読み返したいときに容易に読めるではないかということです。

しかし、何十冊もの文學界を解体してスキャンする作業は並大抵ではありません。
なぜそれが出来たのかという点について、シャワーを浴びながら考えていたのです。

そう、答えはとてもシンプルなもので、
「目的よりも手段が楽しくなってしまったから」
なのだと思いあたります。
好きな作品をスマートフォンで気軽に読めるというのは副次的な偶然の産物であり、ぼくの興味は手段であったはずの、
「解体」と「再構築」にあるのだと気づいたのです。

今、ぼくの手元には2冊の文學界があります。
2023年4月号と5月号、直近の2冊です。
いや、ぼくの意識では「もう2冊しかない」のです。

本末転倒

月初に定期購読している文學界が届いたその時から、中身の作品ではなく、「いつ解体できるのか」が主になっている。
本来は読むもののはずの本が解体すべきものになっているわけで。
これは到底許されることではありません。
まさに本末転倒。

スキャニングを始めた当初、ぼくは解体することに一抹の罪悪感のようなものを感じていました。
形あるものを分解していく行為、それに対してです。
本は床に置かないとか、そういう感覚と同じで本を切ってしまうなんてと。
しかしながら、魚を3枚に下ろすように、頂いた命(作品)を最後まで大事に頂くのが、本当の消費なのではないかと自分に言い聞かせました。
そして途中からは解体する作業にも、スキャンする作業にも魅力を見出しており、
そんな気持ちはどこかに消えてしまい、ついつい夜中まで作業をしてしまったものです。
楽しかったな。
将来はこれを仕事にして行きたいな、そう思いました。
人生に遅すぎることなんてないのだから。

少し時間が経ち、本来の目的は読書であることにはたと気づきます。
そして読書リハビリを開始するに至りました。
やはり本は読むもの、敷くものでも、積むものでも、スキャンするものでもないのだ。
それでもぼくは今も心のどこかに満たされないものがあることを知っています。
そして次第に湧いてきた気持ちはやはり抑えきれず。
「最新の5月号が届いたのだから、もう4月号は解体してスキャンすべきではないだろうか。ちょうど統一地方選挙の時期でもあるのだし。」
そう理由づけが出来たところで、解体を開始します。
(そう理由なんてなんでもいいのだ、そもそも行動に理由なんてないこともある)

文學界を解体する

解体作業は作曲作業のようなもので、緻密な計算と大胆な発想が必要となります。
そしていざ解体を開始した際には伝統工芸品を作る職人のように繊細に行う必要があるのです。
嘘です。

目次から、保存しておきたい箇所を特定して順に切り出していきます。
そう、始めから全部スキャンするのは無理とわかっています。そして事後に読みやすいようにと考えると、作品ごとにまとめてPDF化するのが良いのです。

なんといってもこの最初が気持ちいいところです。
パカっとなります。と同時に若干の罪悪感を感じます。
数ページならこのまま切り出してもいいですね。
または完全に切り離すこともあります。
ある程度まとまったページの場合は終わりの方も切るとざっくりと取れたりします。

切り身

この状態は一番残酷なので、すぐに分解を進めていくべきです。

切り出したものはいちおページ順に並べて重ねておきます。

重ね

美しい、そして同時にここで工程が半分終わってしまっていることに一抹の寂しさを感じます。
温かい紅茶など淹れて、しばし美しい造形を眺めるのもいいと思います。
一息ついたらスキャニングです。

スキャニングワークアウト

続いてスキャニングです。
こちらはドラムです。
正確なリズムキープが必要ですが、他の楽器に比べて肉体的な素養も問われます。
スキャンして、裏返してまたスキャンして、次のページと取り替えてという行動は、一つのワークアウトとして認知されています。
ぼくはこれでスクワットのように両腿を使ってしまい翌日に筋肉痛になりました。
膝や腰に不安がある場合は要注意です。

ソーターで一気にスキャンするというのもありなのですが、そこはまた別の事情が絡んできます。
本の形で読んでいると気づかないのですが、解体してみると結構水平がズレて印刷されていることがあるのです。
そのため、ソーターでまとめてスキャンすると、

  • ソーターによる水平ズレ

  • 印刷の水平ズレ

という二つの問題が混在してしまい、出来上がりが非常に不安定になってしまうのです。
またスキャン後に水平を調整することも可能なのですが、これをやると途端にファイルサイズが大きくなってしまうのです。
これではPDF化した際にサイズが大き過ぎてしまい、「スマートフォンで好きな時に読める」という点が難しくなってしまいます。
これに気づいた時は愕然としました。
「結局1枚1枚スキャンするしかないのか」と。

でもね、気づいたらこの1枚1枚スキャニングする行為もとても楽しくなっていました。
水平がズレて印刷されているのなら、スキャンの際に逆に水平をずらしてスキャンすればいいだけです。
1枚1枚スキャンするからこそできる職人の技。
微調整も楽しみの一つであります。
なんなら水平ズレが来るのを待ち望んでいることもあります。
ああ、将来はこれを仕事にして行きたいな、そう思いました。

水平ずれ修正前
水平ずれ修正後

一部だけだと修正がわかりにくいですね、残念。

ぼくの場合、作品ごとにスキャンしたものをKindleへ送り管理しています。
この辺はまあ使いやすいアプリを使えばいいと思います。
もう楽しい作業が終わっているので、少し投げやりな気分になります。

終わりに

そんなこんなで、文學界2023年4月号の解体と再構築にお付き合いいただきありがとうございました。
あなたにとっては興味のない10分程度の雑記だったでしょうか。
でもね、私にとっては血沸き肉躍る1時間、アドレナリンが沸き続けるような濃密な時間でした。
興奮冷めやらぬとはこのことでしょうか。
もう次に解体できるのはいつかと考えているのですから。

これは趣味といえるのかもしれませんね。
「趣味は文学の解体と再構築です。」と少し装ってみるのもいいかもしれません。

ひと段落したところで。
なんなら古本屋にでも行って、古い群像とか、小説新潮とか買ってきて解体してやりたい気分になっています。
なんてね、流石にそれはない。
それはない。
それは、ない。


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