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読書リハビリ:文集バイト

文學界9月号の特集、エッセイが読みたいで、高瀬隼子が紹介していた文学フリマで購入したエッセイ集が気になったので購入してみた。

紹介されていたバイトの話はこんなところ。

カフェでアルバイトを始めたとりあえずビールさんは、忙しい朝の業務をこなすのだけど、彼女が耐えられなかったのは、その忙しさではなく、「毎日同じ時間に同じ顔の人が同じオーダーをする」という現象だった。

文學界2023年09月号 「物語としてエッセイを読む」高瀬隼子

これ、思い当たるところがあって、その原因というか現象について、もう少し考えてみたいと思ったのが購入の決め手でした。

掲載されていた10のエッセイはどれも印象深かったのだけど、
特に響いたのは3つありました。

人間の着ぐるみを着るバイトだよ:とりあえずビール

まずはこれ。購入の端緒となったエッセイだ。
がしかし、ぼくが思っていたような深淵はなく、要するにカフェのバイトではあまり馴染めていなかったこと、そしておそらくそれはお互いにそう感じていたであろうというところ。

仕事のキツさや忙しさよりも、「毎日同じ時間に同じ顔の人が同じオーダーをする」という現象に私は耐えられなかった。

文集バイト 「人間の着ぐるみを着るバイトだよ」とりあえずビール

本題はやはりここ、なぜそれに耐えられなかったのか。
ぼくもこの経験がありかなり嫌な気分になった。
おそらく、いや間違いなくお客側も店員のことは覚えているし、その関係性が嫌だったのだ。
私的な会話がある関係性ではないのに、なぜかオーダーを理解させられている状態が。

簡潔にいうならば向いていないのだろう。そういうバイトだし、そういうものだから気にする点ではにということで。
根源的なところで「やりたい仕事ではない」というものがあるのも理由なのかもしれない。

ホームカットとトミーフェブラリー:千葉美穂

早朝バイトの話、開店準備のためのドーナッツ作りをせっせとするバイト。
同じシフトの小野寺さんと小気味良い連携で仕事をこなすのだけれど、個人的には全く繋がりは発生しなかった。
そして職場にエンドレスで流れるトミーフェブラリー。

唯一一人で完成させられるという、ホームカットの製造工程
流れるように説明される工程は、まさに誦じているという文章で心地よかった。

ぼくもバイトの「作業」に幸福を見出せる人間なので、粉をこねたりする作業の説明に心が躍った。
調理関連のバイトは未経験だった。これを読んでやっておけば良かったと少し思った。

産経新聞を一緒に読むバイト:中岡祐介

これはバイトの内容がまず気になった。

仕事の内容は、七〇代の男性で、数年前に発症した脳梗塞の後遺症で半身不随のAさんと一緒に新聞を読むこと。週一回、水曜日の午後一時から二時までの、たったの一時間。時給は時給は五千円。

文集バイト 「産経新聞を一緒に読むバイト」中岡祐介

これは破格だ。事前に準備は必要ではあるようだけれど、時給時給五千円ならばできる。
しかしながら、時給が高いだけあって、それなりの相手であって、ただ新聞記事を読むというだけではなかったのだろう。
その対象者のバックグラウンドに合わせて記事を選択する必要はあるだろうし、かなり知識のある人のようにも思える。

「朝日はとにかくだめだ。産経か日経にしてくれ」
Aさんはそう言ったように聞こえた。明らかに不機嫌な様子だった。

文集バイト 「産経新聞を一緒に読むバイト」中岡祐介

実はAさんは右寄りで、筆者は赤旗を購入するような左寄りの人。
というか、それは事前に情報共有しておいて欲しい大事なポイントのような気もする。

Aさんのこと、自身のこと、諸々の説明が非常に明確で、文章をつらつらと楽しみながら読んでいけた。
そして気になるのは話の終わり方だ。

Aさんと新聞を読むバイトはどういう形で終わったのか、よく覚えていない。クビになったのかもしれないし、自分が忙しくなって辞退したのかもしれない。
(中略)
この文章を書きながら彼の名前をグーグルで検索してみると、十年以上前の朝日新聞の電子版に訃報が掲載されていた。

文集バイト 「産経新聞を一緒に読むバイト」中岡祐介

皮肉にも朝日新聞。
バイトとはいえ、縁があって繋がった人。
意外とその別れは覚えていないものなんですね。または記憶が曖昧になっているということかもしれない。

一通り読んでみて、バイトの経験というか、そこで得た想いとか、
学生時代の学校の話よりも、興味深いものがあるものですね。
で、おそらく本人は大したことない普通のバイトと思っていることでも、
意外と感じ方が違っていたりするもので、楽しめました。
ぼくも遠い昔のバイトのことを少し思い出してみたりしようと思う。

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