noteのダッシュボードの文字を見る度に
前の記事の続きではないですが、ちょっと当時の青春ハイスクールデイズを思い出したので、ちょっと書こうと思います。
noteのダッシュボードの文字を見る度に思い出す歌があります。
渡辺美里さんの『彼女の彼』。
確か少女マンガもあったと思いますが、読んだことがありません。
今売ってるかな?
こちらの曲、別にドライブしたわけでもないのに、
勝手に失恋した主人公と自分を重ねて妄想しておりました。
なんと言っても出だしの、
”恋人のふりをして 今日だけは歩いてね
去年より背の高い 私だけ見つめていて”
もうね、切ない。切ないんですよ。
しかもなんといっても真夏のオレンジがはじけそうなポップで爽やかなサウンドが、
さらに追い討ちをかけるんですよ。
もうね、
”太陽がまぶしすぎて泣きたくなる”
青春ですよ。
そしてこの後くらいにプリンセスプリンセスの『M』
なんかが流行っちゃってて、
もうね、高校時代は女性ボーカルの失恋ソングに酔いしれていました。
まさに恋に恋していただけ。
小学4年生から好きだった男子がいたのですが、
毎年毎年チョコをあげていたんですよ。
ところが一切お返しがなかった。
なのに3回もチョコあげていました。
中学1年の時に付き合ってくださいと告白したら、
まあ見事に振られてしまいました。
ですが、振られてもちっとも痛くも痒くもない。
なぜかって?
それがですね、私が片思いしていた彼を見る度に、
いっつも隣にくっついていた彼の親友が私を見ていまして、
いつからかその彼とよく目が合うようになって、
なんとまあ、いつの間にか私好きになっていまして、
親友の男子のほうがかっこよかったので、
もう即そっちに気がいってしまいました。
そして、中学2年の時に同じクラスになったのですが、
もう毎日目が合うじゃありませんか!
振り向いたら目が合うんですよ!
楽しかったー!
そして卒業式前のバレンタインでチョコにマフラーを添えて告白したんです。
カシミアです!母が奮発して当時の金額で5000円のカシミアのマフラーを、
買ってくれまして、中3の彼に贈ったんです。
母も応援してくれました。娘に甘い!
母も写真を見ていて、ハンサム!!ということで、
娘の恋路を応援してくれました。
そしたらもうね、ホワイトデーには可愛い婦人用手袋、
これまたオシャレの代名詞クレージュですよ!←当時は百貨店のど真ん中を占めていたんです!
その素敵な手袋とクッキーをくれまして、
もうね、お付き合いOKとなったのです。
しかし、せっかく両思いになったのに、あっという間に卒業式。
春休みに何かプレゼントかなにかをしたのですが、
その一度だけ待ち合わせただけで、その後は文通だけ。
結局、彼から、
”高校に行ったら、僕よりももっといい人がいると思うので、
気にしないで好きになってください。”
と手紙で告げられ、
なんて彼って優しいの!なんて思っていましたら、
母から、
「あんた、これ、フラレてるよ。」
となんとまあデリカシーがないこと言われまして、
とりあえず、
”ありがとう。お互い高校生活がんばろうね。”
と返事を送ってそれきりになりました。
なんだかあっけなかったけれど、
会えないし仕方がない。
片思いをしていた2年間は楽しかったです。
廊下の角で、出会いがしらにぶつかったあの彼の胸板、
目が合うドキドキ、
なんとなく脈アリな感じ。
あぁ、もうあんな恋愛は味わえないんだろうなと思うから、
青春ってより良い思い出に思えるんでしょうね。
実際は、振られていますが^^
ふと思い出したのですが、
中学時代、テレサ・テンさんの曲がヒットしていまして、
お昼の放送で、『時の流れに身をまかせ』がよくかかっていました。
今思うと、中学のお弁当時間によくあんなしっとりとした大人な歌かけてたなと、
当時の、昭和のあの学校生活、嫌じゃなかったなと思います。
さてさて、話が逸れましたが、『彼女の彼』に話を戻しまして、
こちらは高校時代。
CDが出たのは中学時代でしたが、渡辺美里さんのCDは毎日聴いていました。
高校1年になりまして、中学時代の一瞬両思いになった彼のことはすっかり忘れ、
新たに好きな男子ができました。
それが、一つ前の記事の男子なのですが、当時好きだった映画俳優に似ていた、ただそれだけの理由で好きになったんです。
浅い。
きっと夢でも見ていたんでしょうね。
一緒に下校したのは秋頃でしたが、夏休み前あたりから、
勝手に彼の部活を見に行き、勝手にはちみつレモン←部活にはなぜか、
薄く輪切りにしたレモンを蜂蜜で漬けるという、
糖質だらけの意味の分からない食べ物をタッパーに入れて、
憧れの先輩や男子に渡すっていうのが流行っていたんですよね。
今思えば、めんどくさがりの私がよくあんなことしていたなと、
そんな妙な食べ物を作って彼に渡したんですよ。
もうお恥ずかしい!
そう、部活の試合の日でした。
端から見たら彼女に見えるんじゃね?
と内心思っていました。
彼は嬉しそうに受け取ってくれたので、
迷惑ではなかったと思いたいですが。
その後、映画に誘ったりして、快くOKもらって、
デートに漕ぎ付けたりしていたわけですよ。
なぜ笑顔でOK言うかな。
なぜ付き合ってくれなかったかな。
その後、振られてからは、この曲を聴きまくりました。
しかも彼もその誰かさんに告白したわけではなく、
でも好きな気持は強そうなのがわかりましたし、
誰とっていうのがわからなかっただけに、
悔しさをどこにぶつければいいのか、
諦めもつかない、
なんて一瞬思っていたのですが、
前の記事で少し触れた、私にちょっかいかけてきた男子が、
前に好きだった彼と下校しなくなった頃から益々ちょっかいかけてきまして、
ちょっかいというか、帰り道後ろから呼び止めて一緒に帰る、
先生が開いてくれる放課後の補講にも一緒にいる、
私が苦手な科目は彼が得意だったので熱心に教えてくれる。
あの机の椅子に後ろ向きに座って向かい合わせでですよ!
もう少女マンガのよう!
そして係を決める前に、一緒にしようと誘ってきた。
約束だよ!なんて言うもんですから、
そんな彼にいつしか”ほ”の字になっていました。
しかし、高校3年のある日を境に、
休み時間に彼が教室にいないことが多くなり、
毎時間、他のクラスにいりびたってはチャイムが鳴って教室に帰ってくる、
そんな日々が続きました。
じゃれていたあの頃が懐かしいななんて思っていましたが、
同じグループの子から、
「最近、○○とあいつ付き合い出したらしいよ。」
と聞き、
誰にも彼のことを好きだなんて打ち明けていなかったので、
その時は、ただとぼけるしかありませんでした。
「○○って誰?知らないわー」
それから、受験も終わり、もうあとは卒業するのみ。
でもどうしても、彼に好意を持っていたことだけは伝えたいと思っていたので、バレンタインに渡したかったのですが、
私の親友にも話していなかったのですが、親友が○○と知り合いで、
さらに衝撃な、当時のピュアな私には、もうショック過ぎる情報を聞いてしまい、
いわゆるセーラー服脱いじゃってる感じの内容を聞いちゃったものですから、
もう当時はショックで、バレンタイン渡すなんてできないと思ったのと、
当時は失恋したら、なぜか髪を切るなんていう
これまたはちみつレモンのようによくわからない風習が女子の間であったので、
卒業前のバレンタインシーズンに、腰まであった髪をバッサリ切りました。
卒業後、やっぱり好きだったことは伝えたかったなとの思いが募り、
彼の誕生日を覚えていたので、誕生日付近の日になにか形に残らない
お菓子をプレゼントしに、お中元っぽくなってしまいましたが、
友人についてきてもらって渡しに行きました。
すると、出てこられたのは彼のお祖母様でした。
彼と両親は出掛けていて、お祖母様が留守番されていました。
とても上品で優しそうなお祖母様は、
「暑い中ありがとうね。渡しておくわね。」
と受け取ってくださり、その後はメールもない時代でしたから、
特になんの便りもありませんでした。
今思うと当時は、個人情報保護なんてものはありませんでした。
全校生徒と教職員の名簿が配布されていたくらいでしたから、
もう好きな子のお家を見に行くなんてしょっちゅうでした。
今だとストーカーですよね。
まだまだあの頃は人間くさくて生きやすい時代だったのかもしれません。
進学後は彼らは別れたと友人から聞きました。
そして、綺麗な女の子と歩いていたという情報も聞きました。
大学で知り合ったのか、さぞ美男美女だったことでしょう。
卒業後、しばらくしてたった一度だけ、その彼と偶然駅で会いました。
でもそれっきり彼と会うことはありませんでした。
そのたった一度だけのあの瞬間は、
今思い出すと、ほんとせつなーくなります。
「よう!元気か?」
と、軽く挨拶して、今から授業だとかそんな話をして、
お互い逆方向だったので、
「がんばれよ!」
と、彼は後ろ向きながら、笑顔で手を振り離れていきました。
今までで一番優しい眼差しでした。
それきりです。
その彼が、まさに『彼女の彼』でした。
途中下車したバス停で一緒に暗くなるまでおしゃべりなんかしたり、
(もちろん夕飯までには帰りましたよ。)
テストの点数競いあったり、
フォークダンスではカセットテープが止まって先生が再開するまで
いいじゃん!って、手を握ったまま離さなかったのは彼のほうなのに、
あの日までは、休憩時間の度にいつも私に話しかけてきたのに、
髪が綺麗だと褒めてくれたのに、
私はやっぱり友達止まりなのかなと、
この曲を聴きながら、この失恋では、本当に枕を濡らしました。
未練がましいですね^^
その後は、もう無職とか、ヒモとか、ストーカーとか、浮気男とか、実家の資産価値を聞いてくる奴とか、一緒にローン払えなんて言ってくる奴とか、
もう散々でしたが、
今はなんとか無事、
母親やっています。