わたしのおばあちゃん
久しぶりに祖母に会った。
その前に会ったのは、まだまだ寒い頃だった。
◆
蟹が食べたい。茹でたのでも焼いたのでもいい、おいしーい、蟹をおなか一杯食べたい。
祖母からのリクエストに応え、大きな大きな蟹を持って、母と祖母のいる施設を訪ねた。(私はお相伴にあずかりました。Wピース、蟹ポーズ)
施設の食事が美味しくない、と祖母はよく愚痴をこぼす。
こないだ海老の天ぷらが出るので楽しみにしていたら、大きな衣に小指の先ほどの海老だった!とぷりぷり怒っていた。
もう次の蟹のシーズンまで生きているかわからないから、最後だと思って食べさせて!
九十歳を過ぎた祖母は、いつもそんな風に言う。
もう後は死ぬのを待つばかりで、ここにいても何の楽しみもないから、せめて美味しいものが食べたい、と。
ある時は新鮮な雲丹だったり、ある時はピザ(!)だったり、血がしたたるようなステーキが食べたい、というリクエストの時もあった。
そのメニューからしても想像できるかもしれないが、おばあちゃんはとても元気だ。お肌がきれいで、しわもあまりなくてとても九十歳を過ぎているように見えない。
ふさふさとした白髪。この間なんて、根本が黒い髪の毛が数本生えてきたと嬉しそうに見せてくれた。
いつ見てもおしゃれで、お洋服に合わせたジュエリーを身に着けて、頭がものすごくしっかりしていて、記憶力も抜群。
ものすごく元気なのだけど、年齢という強みを活かしたなんとも重みのある一生のお願いを何度も繰り返す。
一緒に蟹を食べた、あれが2月の初めのこと。
またいつでも会いに行ける、と思っていたら翌月からコロナの影響で祖母のいる施設が面会禁止になり、ずっと会うことが叶わなかった。
◆
マスク着用必須、検温、手指の消毒、指定されたお部屋で窓を開放して、一度に面会できるのは2人まで、15分限り。
たくさんの条件付きで、やっと解禁された面会。
一度に二人までだから、先ずは私と姉で行ってらっしゃい。と母が面会を予約してくれた。
会えない間何度か電話では話していて、声を聴く限りはとっても元気そうなことは知っていたけど、直接顔を見て話をするのは全然違った。
会えてよかった。
耳が悪い祖母は、口元を見て会話を成立させているようなところもあり、マスク越しの会話はスムーズではなかったけれど、それでもやっぱり手の届く距離で話ができるのは嬉しい。
◆
いつも強気で、話が上手で、皆に満遍なく話を振って、自分の新ネタもしっかり披露して、座っているのがしんどくなったら見事に「今日は本当に楽しかったわ!来てくれてありがとう」と、とっとと場を締める祖母。
通称、おばあちゃん締め。
そう、おばあちゃんは名MCだ。
会いに行く前、今日は15分間だけだからきっとおばあちゃん締めも必要ないね、と姉と言い合っていた。
◆
久しぶりに会った祖母は、体が痛いの、耳が聞こえないのと言っていたが相変わらずその肌はつやっとしていて、口紅も塗らないのに唇は健康的な赤色。少し伸びた白髪は変わらずふさふさとして、きれいな黄色のカーディガンが良く似合っていた。
「久しぶりやね、もう会えないかと思ったよ。」
そう言って話し始めた祖母。
「こんなに長生きしてしまって、いつもお母さんには世話になってばかり。早く死んでやらないと、かわいそうかなぁ、て思い始めたの。」
いつになく弱気な発言をしながら、時々ハンカチで涙をぬぐった。
まさか、場を締めるんじゃなく、人生を終わりにしようとするおばあちゃん締めが行われるとは、、
涙声のおばあちゃんを前に姉と私は焦って
「いやいや、おばあちゃん!そんなこと言わないで」
「肌つやがよくて、とっても元気そうに見えるよ!」
と矢継ぎ早に話しかけた。
そうするとおばあちゃんはいつものように
「あらそう?肌にしわがなくて、とても九十を超えているようにはみえないですね、てよく言ってもらうのよ」
とけろっとした顔で得意気に言った後、姉と私のつけているピアスを、素敵ねと褒めてくれた。
よく見ると祖母の黄色いカーディガンにはきれいなブローチが付いていて、ちょうど涙を拭うのに程よい高さになるようにレースのハンカチが付けられていた。
うーん、完璧だ。おばあちゃん、もしかして女優?
孫に会ったら話すうちに涙してしまうかもしれないから、と今日の服を決める時に取り付けたのだろうか?
そんなことを考えながら、
最近携帯の調子が良くないから見てほしいと、おばあちゃんのガラケーをああでもないこうでもないと触ってとりとめのない話をしていたらあっという間に15分が過ぎた。
最後に施設の方が一緒に写真を撮ってくれた。
◆◆
約半年振りに祖母に会えた。
祖母とは無事に再会を喜ぶことができたけど、
この半年の間に家族の顔がわからなくなってしまう人だってたくさんいるだろう。
改めて、新型コロナウィルスによって変わってしまった生活の形について考えてしまう。
またすぐに行ける、またすぐ会える。
そんな風に思っていたけれどもうそうではない。むしろ今までだって、そうではなかった。
会いたい人に会える時間を、そのチャンスを、何となく先延ばしにしたりせず、何かしたいと思ったらすぐ行動に移したいと思った。
あまりにも実りある15分だった。
ホームの玄関まで見送りに来てくれた祖母に手を振りながら、また必ず会いに来るね、とマスク越しに呟いた。
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最後までお読みくださった方、とりとめのない文章に長々とお付き合い頂きありがとうございました。
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