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『消滅世界』をアイドルファンが読んで
先日、村田沙耶香さんの『消滅世界』という本を読んだ。
私が村田さんの本を読むのは、『コンビニ人間』『生命式』に続いて3冊目。
その2冊に並んで、今回の読書体験もなかなか強烈なものだった。
特にこの『消滅世界』は否応なしに自分の存在を問われる作品であり、その意味でもインパクトが強かった。
「お前んちって、父さんと母さんがヤッて生まれたんだろ? そういうのキンシンソウカンっていうんだぜ、うげー、気持ちわりー!」(p.17)
これは語り手である「私」が小学4年生のとき、同じ学校の男子に投げかけられる言葉。
「消滅世界」では婚姻関係にある夫婦が性交をして子供を産むことがタブーとして扱われており、代わりに人工授精をすることが常識となっている。
つまり作中では、2022年現在の人間社会では常識と思われている価値観(夫婦が性交して子供を産む)が全く覆され、完全に異なる常識のあり方が描かれている。
そして「私」はタブーである母と父の性交によって生まれた子であるため、「気持ちわりー!」とからかいの対象にされている。
そんな"非常識的"な価値観が"常識"となっている世界の様子を読み進めていくにつれて、果たして私たちが信じている常識とは何なのかと自問せざるをえなくなってくる。
さらに作中では、既に現代社会にその片鱗がみられているような現象も描かれる。
たとえば、語り手の「私」は実在する人物だけではなく、アニメの登場人物などのキャラクターとも「恋愛」をする人物である。
「私」はそんな歴代の恋人たちのプラスチックキーホルダーをポーチに入れて大切に保管し、こう語る。
恋人がたくさん入ったポーチを見ていると、自分の人生はなんて豊かなのだろうと思う。この小さなポーチの中こそ、自分の魂が生きてきた「世界」なのだと思うこともある。(p.77)
『消滅世界』では「私」がキャラクターとの恋愛を通じて、自分の「世界」を構築する様子が淡々としていながらもとても綿密に描かれる。
そのリアルな描写は、実在する人間との恋愛が当たり前であると考える読者からすれば、どこか気味の悪さすら感じるものである。
しかし実は、こうした「私」の恋愛の様子と類似する様相は、すでに現代社会の文化のなかにもみられている。
例えば私のようなアイドル好きの間では、「推し」のアクリルキーホルダーを持ち歩き、出先で食事や風景と一緒に写真を撮ることが当たり前になっている。
それに対して、今更「なぜ2次元のプラスチックと写真を撮るのか」などと疑問を抱くことはあまりない。
では果たして、こうした行動によって喚起される感情の正体は何なのだろう。
プラスチックに集約された「推し」への愛情はどこから生まれているのだろう。
そもそも愛情って?
恋愛感情って?
リアルなヒトとキャラクターやアイドルの違いって?
アイドルを見るときの「好き」「幸せ」「楽しい」といった感情は恋愛感情どう違うのか?
……こうした"性"や"愛"、"実在"と"虚構"、に関する疑問を続々と浮かび上がらせてくるのが『消滅世界』という作品である。
村田さんの文章は、どのような価値観が「正しく」どのような価値観が「間違っている」のかを決して断定しない。
ただ、私たちの価値観がどれだけ不確かで、また私たちを取り巻く消費社会のあり方に簡単に左右されるのかを問うているように思える。
そして、一見不変的で絶対的と思われている常識が、実はとても脆いものなのではないかということを強く示唆している。
その"常識"の脆さと自分の揺らぎに、徹底的に向き合わされるのがこの『消滅世界』という作品である。
好きなアイドルや「推し」との関係性を見つめなおしたい人、また「正しい」"性"のあり方の押し付けに疑問を感じている人にオススメだ。
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