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背徳のキュウリ

いろいろなことを時系列で書くつもりでいたのだけれど12年分を時系列ってかなりの長編。それよりも、思い出や最近の出来事を行ったり来たりしながら、発達障害特性を持つ子どもとの、いっぷう変わった日々を綴っていこうかな。

んー、でも。

変わってるのかな?発達障害と診断される人は、今の世の中では少数派に属しますが、私にとって今いちばん一緒に過ごす時間が長いのが息子で、さらにその息子と平和に過ごすためには自分が発達障害フレンドリーになるのが楽な道なので、自分が変わってるかどうなのか、なんだかもうよくわからなくなってきています。

「普通のおうち」って、どんなんだっけ?

本当は「普通の人」も「普通のおうち」もこの世の中には存在しないと今では思っています。ただ、住んでいるのがど田舎で、小学校なんて全校生徒が100人に満たないような地域で、そうすると同質性が強くなるなぁと思っていて、その同質性の中では多分「浮いている」。そんな我が家、かな?

さて、タイトルの「背徳のキュウリ」にまつわる出来事に話を戻します。

息子は感覚過敏があり、光や音に敏感です。加えて触覚も。さらに食感や匂いにも過敏があり、そのためか、食べられるものがとても限られます。いわゆる偏食ですが、「嫌いなものでも一口だけ頑張る」ということができません。食べられないものは食べられないのです。小指の先ほども、口に入れることができません。もっとも苦手なのは野菜です。野菜の中で、見るのも嫌なのがキュウリなのだそうです。キュウリとトマトの断面を見ると、寒気がするのだそうです。さらにそれを家族が美味しそうにポリポリと食べている咀嚼音を聞くと、自分の口の中にあたかもその自分の大嫌いなキュウリがあるかのように感じてしまい、その結果

泣きます。さめざめと泣きます。

それくらい嫌いなのです。

だがしかし。

私は野菜の中でキュウリが一番好きなのです。叩きキュウリも、ジャバラキュウリも、塩もみキュウリも、キュウリの浅漬けも、毎日でも食べたいくらい好き!!!

ですが当然、食卓には出せません。

息子には「嫌いなものに無理やり慣れさせる」ということが難しい。おそらくそれは専門家がやるべきことで、自分の経験則では、親が自己判断で日常的にやってしまえることではない気がする。

息子が学校に行っていた頃はね、昼食にね、自分が好きなものが食べられた。例えば、キュウリ。例えばポテトサラダ。例えばキムチ。

でも、息子が年中家にいるようになった今、それができなくなったわけです。

特に2年半〜1年半前は息子も大変な時期で、心身ともに不安定なさなかだったので、私も余計な刺激はなるべくしないようにしていました。

1年前くらいから少し体調も戻ってきたかな。

もう、いいかな。キュウリ食べて?

って思って、息子がゲームしてる間にさ、薄暗い台所で立ったまま。

キュウリの浅漬けをポリポリ、タッパーから直接、頬張ってみたのが昨年の夏。

あー、隠れて食べるキュウリって美味しいなぁーーーーー!!!!!


・・・とはなりませんよ。

なんで私、ただのキュウリをこんなに悪いことしてるみたいにこそこそ隠れて、なるべく音もさせないように食べてんだ?と可笑しくなっちゃいました。

背徳のポテトサラダ、背徳のキムチ。

ポテトサラダなんてもう三大苦で、息子の嫌いなマヨネーズが、息子の嫌いなキュウリと、なんだかぐちゃぐちゃに混ぜ合わさっている(この混ぜ合わさっているのが息子は嫌い)料理なので、「もう一生目の前に出さないで!!!」と過去に言われています。ちーん。キムチも匂いでバレちゃうので買ってきた時点でアウトです。

食べることって、毎日のことなので、偏食に付き合うのはとても大変です。本人も毎食「自分の食べられるものがあるか」と気にしないといけないのは大きなストレスだろうと思います。同じように身近に極度の偏食さんがいらっしゃる方には共感できる悩みだと思いますが、「なんでも好き嫌いなく食べるのが常識!!」という人には相入れない悩みかもしれませんね。

でも、学校って、そういう場所ですよね。無理強いはしないものの「給食を残すのはいけないことである」という空気は蔓延している。息子は、4年生の途中で学校に行けなくなりましたが、給食を全部食べられたことはその4年間で2回しかありません。その2回も、なんとか息子の食べられるメニューの時に、食べられないものを減らして減らして、、、できたことです。基本的に牛乳とご飯あるいはパンだけ食べて、おかずには手をつけない。そんな日々でした。お弁当を持たすことも考えましたが、自分だけ違うのはイヤ、と拒否されました。多くの人にとって想像しにくいかもしれませんが、給食の時間は息子にとって地獄だったそうです。登校をしぶり出した頃は「給食が嫌」と言っていました。本当は、別のことが原因だったのですが、給食の方が本人にとってまだライトな話題で、理由にしやすかったのだと思います。

息子は普通学級に在籍していましたが、それは彼にとってとてもしんどかったのだろうと思います。インクルーシブ教育が理想のように言われていますが、こんな片田舎の学校では、普通学級は「普通」学級です。普通から飛び出す子はやはり異なものとして扱われました。「僕は普通になりたかった」「普通のフリをしていた」息子はそう言っていますが、おそらく4年生という学年で、追いつけなくなったのだと思います。困っていることが表情に出にくい息子は「多少意地悪をしても嫌がらないんだ」と、いじめの標的になりました。息子は困ると笑っているような表情になります。それが、エスカレートの「言い訳」になったのかもしれません。「だって、笑っていたから」。悲しい誤解です。

息子に発達障害があることは私も学校もわかっていたのに、防げませんでした。

息子は決して目立つタイプではありません。授業中歩き回ったり、暴れたり、そういうことはないのだけれど、静かなパニックを起こすタイプで、その困りが担任には見えにくいようでした。


あ、息子が起きてきた。「おはよう」と声を掛けたら「そうだね」と返ってきました。ーーーそうだね?ーーー朝の挨拶としては新しいな。

キュウリから、ちょっと暗い話になってしまいました。食べること一つとっても、感覚過敏のある子どもはこちらが想像できないような苦しい思いをしていることがあります。台所でこそこそとキュウリを嚙るのが我が家の平和に繋がるなら、私はそうします、という話でした。





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