【小説】精一杯のサヨナラ

明るく輝く満月が空を照らしていた。その下、静かな街角のバー「Lunar Echo」のガラス窓には、深夜にもかかわらず暖かい光が灯っていた。カウンターには女性作家、涼子が一人でバーボンを飲んでいた。
涼子は新しい物語のインスピレーションを求めて来たのだった。しかし、筆は進まず、彼女の頭の中の紙は真っ白なままだった。
二杯目のバーボンをオーダーした時、店のドアが静かに開き、一人の男が入ってきた。涼子はその男を一目見て驚く。彼は涼子のかつての恋人で、突然の別れから数年、再会することはなかった。
「涼子…久しぶり」と、俊は驚きの中にも温かみのある声で言った。
「俊…こんなところで。」涼子の声は震えていた。
二人は無言で向かい合い、彼は特別な意味を持つバーボンを注文した。昔の話、今の話、時間はあっという間に過ぎていった。
「実は最近、俊に手紙を書こうと思っていたんだ」涼子は言った。
「でも、言葉が見つからなくて…」

チェックを済ませて二人は店を出た。
「あ、月が…」綺麗ねと涼子が言いかけた時、俊は涼子の手を取った。
「もう一度、始めからやり直そうとは思わない。だけど、今日の偶然は記憶に残したい。」
涼子は俊の笑顔を深く抱きしめた。それは過去の傷や痛みを癒すものではなかったが、二人の間の終わりを美しく飾るものであった。
「ありがとう、俊。」 満月はまだ空に輝いていた。涼子は手紙をポケットにしまい、新たな物語のアイディアが頭に浮かんできた。

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