其れは”推し活”とやらに似て
買い物では、なかなかな頻度で凡ミスを犯してしまう私です。
無意識なのか、集中力が欠如しているのか、いずれにしても買い物時、高い頻度で凡ミスが発生してしまうのであれば、それが私の「無意識の」こだわりになるのかもしれない。
先日キッチンの小さな電球が切れた。日頃から、買い物における凡ミスを「何で事前にちゃんと確認しないの!」と小学生のごとく妻に指摘されている私である。しっかりと切れた電球そのものを持参。「はじめてのおつかい」でも、ここまですれば間違うことはないだろう。どうだ、妻よ!エッヘン!意気揚々と電気店に向かった。
その結果…。
数時間後、キッチンで全然サイズの違う電球に首を傾げている私がいたのである。
まぁ、これは電球がしっかりと箱に入っており、実際のサイズ感が確認できなかったこと。確認できないのであれば、持参した電球を店員さんに見せればいいものの「まぁ、多分これだよ、これ。こんな大きさだし。」と適当に判断をしてしまったこと(後日ちゃんと返品と交換をしました)
後になってみれば、原因と凡ミスを避ける方法について明確にわかるんですが、こんなことが度々起こるのだ。PDCAがまったくなされていないんですな。Cができていないんですよ。チェックが次に全く活かされていないんですぜ旦那。
それに対して、妻の買い物に関する姿勢は真逆である。真逆も真逆、180°をさらにもう一周して540°ぐらいのレベルで真逆なのだ。
買い物時はスマホで簡易リストを作成。少しでも値の張る物を買う場合には、リサーチ会社よろしく入念な事前チェックが繰り広げられる。
家電であれば、まずは機能面からリサーチ。要望する機能を有しているのは、どのメーカーか。web上のカタログから、購入者の口コミ評判まで入念に確認。ある程度機種が絞れてくると、家電量販店に実機を確認しに行く。そして、これらに並行してweb上で常に価格帯をチェック…。
常々「そこまで、やらなくても…」と、のど元まで言葉が出かかっているのだが、凡ミスを頻発する私がそんなことを言おうものならば、どんな返答が返ってくるかは火を見るよりも明らか。さすがにMr.凡ミスの私でも、そのミスは回避するわけである。
しかし、そんな真逆の私たち夫婦でも共通の買い物ルールが存在する。
それは”応援買い”である。
例えば、老夫婦が昔から細々と経営している食堂。その商品が開発されるまでに、いかな努力と汗と涙があったかがTVで紹介された商品。地元・東北の頑張っている企業。SNSの担当者、いわゆる”中の人”の対応が非常に面白く、親近感を覚えた企業などなど。
必要な物をただただ買う、のではなく、頑張ってほしい!応援したい!そんな、ぼんやりとしたココロの状況が購入動機になる。まさに”応援買い”。
応援買い。これは、夫婦共々好きだった商品が廃番になったり、お気に入りだった地域の飲食店が閉店したりといった、数々の哀しい記憶がそのキッカケとなっている。
私たち夫婦が購入したり、食べたりする細やかな程度では、実際の売り上げや経営の”本当の応援”にならないことは重々承知である。しかし、何かが消えてなくなってしまう前に自分たちが「何もしなかった、できなかった。」というのは、どうにもこうにも、「それを好きだった者」として気分がよろしくないのだ。
例えるなら、好きな人にその気持ちを伝える前に、その人が亡くなってしまったような。そんな「嗚呼、あの日、あの時、気持ちを伝える行動をしていれば…」といったタラレバ感、SF的なタイムリープでも熱望してしまう気持ちに苛まれるのが夫婦共々嫌なのである。
そこでフと、思う。
ん?応援の気持ちで購買…これって…
推し活なんではないだろうか、と。
自分たちの「推し」商品やお店にお金を捧げる。推しに頑張ってほしいから、推しに幸せになってほしいから。そんな、決して報われることのない一方通行的な愛情表現。私たち夫婦は二人揃って推し活しているんじゃないか、と。
幸いなことに、このSNS時代。ちょっと情報を手繰れば、簡単に推せる要素を探すことができる。これからも推し変(推しを変えること)しながら、私たち夫婦の推し活は続いていくのだろう。そして、私は推し活でも凡ミスするのだろう。
推し活 is マイルール
凡ミス is マイルーティン(笑)
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