見出し画像

山とともに ~リウカが紡ぐ優しい時間(後編)

 子どもが生まれたことをきっかけに、自然が多く、安全安心な食材が食べれる場所に住みたいと考えるようになった瞳さん。この頃、すでに篤志さんはウエブデザイナーの仕事に就いており、札幌を拠点にした仕事を請け負っていたことから、恵庭や小樽銭函など“札幌通勤圏”での住居を探し始めた。「あまりピンとこなかったところにちょうど、上川町での仕事を請け負ったんです。ちょっと行ってみようかと上川町、東川町を見たんですが、何か整いすぎていて…、イメージに合わないと思っていたところに、友人が“当麻町はどう?”って声を掛けてくれたんです。宇園別で農場「のんの畑」を営む川端さんを紹介していただいて、田舎暮らしのことだったり、野菜の栽培とかいろいろと話すうちに求めていたのはここだと感じました。上川町を選択肢に入れた時点で札幌通勤圏内というのは消えていました。生業がウエブデザ
イナーですからね。パソコンさえあればどこでも仕事ができますんで…(笑)」
 たまたま見つけた空き家。飛び込みで持ち主の娘さんと話したが、「これまで何件も譲ってほしいという相談があったが断っている。一応本人には話すがあまり期待しないでほしい」と言われた。しかし翌日、ご本人から“一度会ってみたい”と連絡があり、そこからトントン拍子でマイホームの話が進んでいった。「タイミングが良かった」と二人は口を揃える。リノベーションのメインは大工さんが請け負ったが、細かいところは先述の川端さんや友人が手伝ってくれた。「みんなが作ってくれた場所だから、私たち家族だけで
使うのはもったいない。だからみんなが使える場所にしたいと考えました」
 もともと利便性を求めていないので田舎暮らしに不満はないという。「敢えて言うなら、インターネットの速度だけかな?仕事上大きなデータを送ることがあるので、光回線が開通してほしいですね(笑)

リノベーションは友人たちの協力のもと完成した


 当麻に住むようになって2人はそれぞれ気持ちに変化が訪れた。「雪がこんなに美しいものだとは知らなかった」と話すのは篤志さん。交通量の多い札幌の雪道は泥だらけ。雪が美しいというイメージはあまりなかったという。どこまでも広がる真っ白な銀世界を見て“雪も良いものだ”と感じるようになった。移り行く北海道らしい四季も感じ取れるようになったという。「仕事でギスギスすることは今でもありますが、気分転換に外に出てみようという気持ちになりましたね。札幌では家にこもりっぱなしだったので」
 美容師という職業上、自分の身なり服装が気をなっていたという瞳さん。「新品の服を着て、新品の靴を履いて…。これって人の目を気にしているんじゃないかと思うようになったんです。広い青空の下で外仕事をして、泥だらけになって…。当麻に住んでから、人がどう見るかじゃなく、自分がどうしたいかを考えるようになって。それから気持ちがすごく楽になりました。なんでも拾ってくる夫も少しは許せるようになりました(笑)」と話す。
 取材の時、丁度リウカには今風の若い男性2人が来店しており、水本さん夫妻といろいろな会話を交わしていた。前日、近所のピザハウスココペリに食事に来ていた2人が、息子さんと散歩をしていた篤志さんと偶然出会い、「お店やっているから寄っていって」と声を掛けられたので立ち寄ってみたという。聞くと休暇を使って北海道旅行を楽しみ、今日の飛行機で本州に帰
るそうだ。水本さんから語られる北海道の魅力に耳を傾けていた2人は、「北海道に住みてぇー!」と顔を見合わせ、その時間を惜しんでいた。

水田地区のど真ん中にあるリウカ


 リウカには看板が無い。みんなに「建てれば良いのに…」と言われるが、そのうちにと思っている。お店で収益があることはもちろん嬉しいことだが、それ以上にいろんな人に出会いたい。だから1杯100円という破格値でリウカを営んでいる。「遊びにおいでよ」と言うより、「お店をやっているから寄っていって」と声を掛けた方が人が来やすいと感じたからリウカを立ち上げた。水本さんにとっては“お店”というワードがリウカの看板となっているようだ。

住宅を兼ねる店舗。アットホームな雰囲気がある


 初夏の午後、強い西日が射し込むのを遮る当麻山の木々が、リウカの店内に心地良い風を届ける。レモンスカッシュが注がれたグラスは少し汗をかき、氷が“カラン”と軽い音を奏でた。優しい時間の中、その経過を忘れて会話は進んでいく。

 (前編はこちら)