亡霊、付き纏って、死へ

 僕には亡霊が付き纏っている。かつては実在していた、けれど今では僕の頭の中にしかいない。

 幼い頃から、出来ないことばかり怒鳴られてきた。邪魔だ、早くしろ、遅い、ぼけっとするな、が日常的に飛び交う。僕が失敗したらもっと、父親の気が済むまで怒鳴られて、関係ないことまで言われて、僕が泣いたって何も思っていないみたいだった。
 何かにつけてはケチをつけられる。ここがちゃんとしてない、ここはもっと出来たはずだ、もっと、もっと。僕に出来ることなんてひとつもなかった。

 今ならそんなことないって思える、時もある。それなりに頑張ってきて、成果も出して、自分でも満足出来ていたりする。でも亡霊はすぐに僕の頭の中に現れる。
 そんなことやって何になるの、だったら別の有意義なことをしろ、ここがダメ、あれがダメ、これしたらダメ、もっと頑張れ、あの子よりももっも、僕はダメ、てんでダメ、ほんとうにダメ人間。
 無意識に自分自身に向ける言葉のマシンガン、自分で自分の心に穴を開けては苦しんでいる。馬鹿だと思うでしょう?でも僕にはどうしようもなくて、過去が亡霊になって、あの時投げつけられたものと同じ言葉が繰り返し繰り返し撃ち込まれる。

 僕って何やってもダメなやつだ。だっていつも怒鳴られていたんだもの、ダメ出しされていたんだもの、邪魔者扱いされていたんだもの。だからいない方がいいんだ。そう教えられてきたから、小さい時から。みんなもそう思ってるんでしょ?

 だから死にたいな。最初からいなかったみたいに消えてしまいたい。だって僕は存在してはいけない人間なのだから。それを父から痛いほど教え込まれてきた。

 そんなことないよ、ともうひとりの自分が囁く。今まで優しくしてくれたたくさんのひと、助けてくれたたくさんのひと、そんなひとたちの存在が証明しているでしょう、と。そうだね、と僕は頷く。この頃は少しだけそんな言葉を受け入れられるようになってきた。まわりの人は思っているより優しいんだな、って。

 それでも、たとえば誰かが不機嫌そうだとか、ざわめいた不穏な空気だとか、そんなちっぽけにも見えることであっという間にその感覚は打ち壊されてしまう。亡霊は簡単に僕を過去へ引き摺り込む。その力に抗うことなんて出来ない。だって小さな頃から言われてきた言葉、縛られてきた鎖、そんなものがあっさり消えてしまうわけない。

 世界は敵だと思ってた。少し前まで。そんな話をした。でもそれはちょっぴり嘘だった。まだ世界中が敵に思えてしまうときがある。世界が僕の死を望んでいるのだと思ってしまう時が。

 それに、亡霊は消えてくれそうもなくて、どうにかするには僕ごと消えてなくならなければいけないような気もする。もう世界に怯えて暮らすのも疲れちゃった、また怖い思いをするくらいなら死にたいな。

 やっぱり僕のこころの傷は深くて、まだ治っていなくて、ちょっとしたことで血を流す。お医者さんもきっと勘違いしている、僕が死にたい理由を。お医者さんには亡霊が見えないからね。

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