辛さは比べなくても良くて

 僕はつい、ひとと辛さを比べてしまう。「自分の方が辛い」じゃなくて、「あのひとの方が辛いのに、自分なんて」と思うほう。

 小さい時は、お母さんのほうが大変なんだと思っていた。仕事をしているのに、家事も育児も全部自分でやる。子どもながらに大変だと、心底思った。いつも疲れたと言っていたし、お手伝いをしたら喜ばれた。お母さんが辛い思いをしているのも、苦しんでいるのも嫌だった。僕がお手伝いをしたら、それは少しでも減るはずだ。逆にわがままを言ったら?お母さんはとっても困って、もっと大変になるはずだ。それはとても良くない。だから幼いなりに、可能な限りいい子にした。

 でもそれにも限界があった。当たり前だ、幼い子どもなのだから。車の運転も出来なければ、料理だってすごく上手い訳でもない。あんまり重い荷物も持てない。だから自分は役に立たなかった。ああ、やっぱりお母さんは疲れている。僕のせいで。そう思った。

 父親のモラハラもそれに拍車をかけた。せめて僕がお母さんに矛先が向かないように頑張れば、少しは負担が減るはずだ。だからいつもにこにこして、父親の機嫌を取って、言い合いになりそうならそれとなく間に入って、お互いがいないところではお互いの文句を聞いた。それで少しでもお母さんが楽になるなら、それでいいと思った。

 ひとりで家中のお掃除をして、ベランダの片付けもして、長期休みはご飯を作って弟の面倒を見て。でもこんなの全然足りない。本当は僕が全部の家事をやんなくちゃ、お母さんはちっとも休めないよ。だからもっと頑張らなくちゃ。だってお母さんはまだ疲れたと言っているし、仕事も日に日に忙しくなっていくし、父親も手伝うどころか怒鳴り散らしてくるんだから。

 結局僕がどんなに頑張っても、お母さんが楽になることなんてなかった。今思えば当たり前だろう。仕事は絶対代われないし、夫婦の問題は夫婦にしか解決できないし、親の仕事は親にしか出来ない。けれど僕は自分を責め続けた。自分のせいでお母さんは苦しいんだと思った。

 だから僕は壊れてしまった。

 おんなじようなことを、他人にも思う。あのひとは〇〇で大変そう、このひとはこうで、それに比べて自分は何も頑張ってない。大変じゃない。だからいつでも機嫌良く振る舞い、可能な限り手助けをし、話を聞く。だって僕は誰よりも大変じゃないから。お母さんがいちばん大変だから。ほかの人も同じくらい大変だから。

 でもそんなの僕の思い込みだった。僕が大変そうだと思ったひとたち、誰か病気になった?自傷した?ODした?自殺未遂した?知らないことだってあるかもしれないけれど、たぶん誰もそんなことになってない。

 辛さを比べるのが間違ってる。それはどちらの方向にも。それは頭では分かっていても、染みついた思考の癖はなかなか変えられない。だから反動で、自分がいちばん大変なんだって叫びたくなる。

 どうしたらいいんだろう?今までいろんなひとたちにしてきたこと、言ってきたこと、全部自分がそうして欲しかったことだ。優しくして欲しかった。あなたのせいじゃないって言って欲しかった。甘えさせて欲しかった。大変だねって言って欲しかった。辛かったんだねって言って欲しかった。頑張ってるねって言って欲しかった。そんなに頑張らなくていいんだよって言って欲しかった。どんなに泣き喚いても抱きしめて欲しかった。愚痴を聞いて欲しかった。

 まだ足りないの、全然。自分がしてきたことの1%もしてもらっていないと思う。お医者さんやカウンセラーさんだって、毎回言ってくれる訳じゃないし、毎日会う訳でもない。お母さんがこんなこと言ってくれる訳でもない。今まで話を聞いた友達も、SNSで繋がったひとも。

 どうして僕ばっかり?

 優しくするのは良いことだと思っていた。今でも思っている。みんな幸せになって欲しいし、苦しまないで欲しいし、自分に出来ることはやりたいと思う。

 でもどうして僕にはその手が差し伸べられないんだろう?どうして?誰か助けてよ。

 自分で自分を助けなきゃいけない。分かってる、やるしかないって。頑張る。でもそんなこと考えずに、僕みたいな苦しみを知らずに生きてるひとを見ると悔しい。そんなひとばかりが大変だと大きな声で愚痴を言って、たくさんのひとから慰めを貰う。僕には出来ない。ほかのひとは大変なのに、僕に労力を割いてもらうなんて嫌だから。でも本当は助けて欲しい。でも裏切られるのは御免だ。親だって助けてくれなかったのに、誰が助けてくれるの?

 ああでも、こんな恨み言を書いてても、僕に優しい言葉をかけてくれたひとたちのことを思い出す。そんなにたくさん居たわけじゃない。でも居なかったわけじゃない。こんなに優しいひとたちのこと、居なかったことに出来るわけないでしょう。恨み言ばかりの自分が恥ずかしくなる。ぜったい忘れたりしない、優しい言葉をくれたひとも居るんだって。

 どうしたらいいのかやっぱり分からない。僕もちゃんと助けてを言えば良いのかな。でも、誰に、どうやって?もう既に僕のこと助けてくれたひとはいるよ。もう十分じゃないの、これ以上はわがまま?でも苦しい。

 ずっと自分を責めてきた、お母さんが苦しいのは僕のせい。ずっと我慢してきた、みんなのほうが大変だからって。そしたら壊れちゃった。でもちょうどいいバランスなんて知らない。誰も教えてくれなかった。

 今からでもいいから、誰か教えて、誰か助けて。

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