まーさんの煮物
祖母は親族から「まーさん」と呼ばれている。まーさんも自分を「まーさん」と言う。一人称がまーさんなのはきっと祖母だけだ。
私の母(まーさんの娘)が人前でのママ呼びが恥ずかしくなり、「ママさん」→「マーさん」と誤魔化して呼ぶようになったのが由来。
両親は共働きで一人っ子だった私は、両親が帰宅するまでの時間をまーさんの家で過ごし、夜ご飯も食べさせてもらっていた。小学校低学年の頃は、ぱーさんも一緒にご飯を食べていた。祖父である。ぱーさんとは蹴り合いの喧嘩をするほど仲が良かったが、突然呆気なく死んでしまった。
当時七歳だったが、初めての身内の死は悲しいと思えるくらいにはもう物心がついていた。生粋のまーさんぱーさんっ子だった。
まーさんは調味料をどばどば使う。一切の容赦がない使いっぷりなのに、食卓に出る頃にはいい具合に味が染みている。なぜか美味しい料理になっている。子供ながらに本当に不思議だった。
筑前煮、高野豆腐の含め煮、かぼちゃの煮物。多くの煮物料理を作ってくれた。子供の頃は当たり前のように食べていたけれど、自炊を初めてからようやく煮物ひとつ作る大変さを知った。そして私もまもなく、どばどば族の仲間入りを果たした。
私を煮物好きな身体にした犯人は、間違いなくまーさんだ。そして「まーさんの味」は、確実に今の私を味覚を形成している。
まーさんはおそらく感覚で作っていたので、レシピなんてものはない。さらに現在は認知症になり料理をしなくなってしまったので、引き継ぐことができなくなってしまった。でもまーさんの煮物イズムは私の中で生き続けている。
自炊を始めてまもない頃、かぼちゃの煮物ひとつ作るのにもクックパッドやらクラシルやらを行き来していた。顔も見えぬ先輩たちから吸収しつつ、自分の食べたい味を模索していた。レシピを見ずに「自分の煮物」を作るのにはなんだかんだ5年くらいかかっただろうか。
まーさんイズムを引き継いだ煮物
さつまいもの八角甘煮
蒟蒻と豚こまかなんかの味噌煮
豚肉角煮(八角)
北海道産かぼちゃの煮物
赤皮栗かぼちゃ?の煮物
つい先日90歳を迎えたまーさんに、プレゼントを届けに行った。元気か聞いたら「なんとなく元気だよ」と返ってきた。なんとなく元気じゃないより全然いい。
私の煮物は、まーさんの煮物とはちょっと違うかもしれない。もっとホッとするものがあった気もする。それを確かめることは、もうできない。でも「ちょっと違うかも」というこの違和感こそ、まーさんの煮物が私の中に生き続けている証拠だと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?