棚釜

極悪の世代

棚釜

極悪の世代

マガジン

最近の記事

白湯と音楽

 午前三時に目が覚めて今日も床寝したかと薄い反省をしベッドへ向かう。  布団はフカフカ、最高! と、いつもは気持ちよく入眠するところ、なかなか眠りにつけない。腹の具合がおかしい、痛い、なんか吐き気する。  ここから四時間ほど厠と寝室との往復を繰り返す。吐けるなら吐いてしまいたいのに、身体が拒否をする。「お口からモノを出すなんて、ダメだよぉ!🥺」。延髄とかですか?  しかもこの日はライブ当日。午前九時にはドラム担当としてライブ会場に行かなければならない。やばすぎる。  えずきの

    • 春子の春

       今年は花見をしていない。毎年花見の季節になると誰かしらから花見に誘われていたが、今年、春子のもとに誘いはなかった。しかし、別に寂しくはなかった。  みんな忙しいんだろうな。  社会人になって二年目の春。春子の会社も新卒社員を迎えたが、春子には吹かせる先輩風は湧いてこなかった。  全然社会人になった気、しない。  前の前の桜を見た時、春子は理工系の大学院にいた。学部の四年と院の二年。合計して六年の帰属意識を持つ場所は小学校ぶりだった。学生気分、院生気分はなかなか抜けな

      • 映画『オッペンハイマー』雑感

        3時間超え、寝てしまわないだろうか? という懸念を抱いていたが、全然ギンギンだった。伝記映画らしからぬ(?)没入感、緊迫感、音響効果、面白かった。 広島や長崎での惨禍が描写されないことで批判が生まれているが、画面に映らない(が、無いことには決してなっていない)ものがあることで、科学者の中でも「理論屋」であるところのオッペンハイマー自身の世界観を私は体感した気がする。 原子爆弾の開発が完了し実際の行使へ向かっていく中で、科学者たちはまるで蚊帳の外、投下をラジオニュースで知る

        • あつまれ ドラマーの森(映画『COUNT ME IN 魂のリズム』感想)

          ロックドラマーたちが語るドラムとの出会い、ドラムの楽しさ、ドラムへの愛。あードラム叩きてー! 私はドラムが好きでバンドでドラムを叩いたりしている人間なので、無条件に楽しい映画だった。もっと他のドラマーのお話も聞きたいナーと思うほどだったが、インタビュー参加者19人。充分多い。しかし聞いていて飽きなかった。 上記予告編では「19人のドラマーたちの生き様には、今を生き抜くヒントがあった――」とか謳われているが、そんな大それた話ではなかったように思う。ドラム大好きな奴らが、ひた

        白湯と音楽

        マガジン

        • エッセイ
          5本
        • 小説
          8本
        • 感想文
          4本

        記事

          リキテンスタインの女

           ライブハウスというのは大抵地下にある。電気楽器を使い、ひょっとしたら工事現場より大きいんじゃないかってくらいの騒音が発生する可能性のある場所なわけだから、日本じゃそんなものは地下に埋めておくしかないんだろう。時々地表に出ているライブハウスというものも存在するが、そういう場合は駅前や盛り場といったそもそも雑音・騒音まみれの立地である。  大学の友人がやっているバンドの企画したイベントに呼ばれて出かけたライブハウスも地下だった。土日に企画なんて、やるじゃん。と思ったら昼のイ

          リキテンスタインの女

          光の衣にその身を包め(映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』感想)

          意味不明だけど勢いのある喃語みたいな亜言語みたいなやつ。歌で使われていると気分がブチ上がる。Wop bop a loo bop a lop bom bom! ロックンロール誕生の瞬間。 リトル・リチャードがゲイでオカマみたいな喋り方することも牧師をやっていた時期があるということも知識として持っていたが、その行動の裏にあった苦悩・葛藤のほどは、映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』を見て初めて知った。 リトル・リチャードのロックンロールは多分アムロにとってのガ

          光の衣にその身を包め(映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』感想)

          棒が好き

           棒が好き。チューペット、うまい棒、チョコバット。傘、竹刀、ドラムスティック。棒切れのような女性の脚、男性の珍棒。棒にもいろいろあるが、私が好きな棒は無機質な棒。手で握れる金属やプラスチックでできた棒状のもの、棒が好き。  生後二~三カ月の人間に見られる把握反射。私の棒好きは、あの頃から始まっているはずだ。明確な記憶はないが、差し出される人間の指よりも、ひんやりとした棒の方が好きだった。ガラガラ、ラトルと呼ばれるマラカス玩具を手渡されるたび、当時の私の眼はハート型になってい

          棒が好き

          お前はそのダイヤ捨てられんのか?(ドラマ『梨泰院クラス』感想)

          お前はそのダイヤ捨てられんのか?パク・セロイは捨てたよ。 後生大事にしまってきたそのダイヤ、もしくは見せびらかし、掲げ、自慢してきたそのダイヤ、お前は捨てられんの? 奴らはどうだ? 捨てられない。誰にも触らせなかったり切り札にして振り回したりダイヤを上手に捨てられない。怖くて誰も捨てられない。 誰が最初にダイヤを捨てたか? 多分チョ・イソなんだよな。約束された将来、安定した生活、母親からの期待、かくも鮮やかな手際で。 捨てたわけじゃなく、捧げるにふさわしいものを見つけ

          お前はそのダイヤ捨てられんのか?(ドラマ『梨泰院クラス』感想)

          バイクと野生

           これは恐らく百万人以上の人に百万回以上は言われている言葉だが、「オートバイに乗ると風になれる」。  自転車と同じように乗った人の身体がむき出しなのに、めちゃくちゃスピードが出るのが良い。風が全部来る。  大きい橋を渡るときは、車道の空気は綺麗でもなんでもないはずなのにやたらと空気が澄んで、視界が開けて、つい深呼吸をしたくなる。この時の身にまとわりつく風は「爽快感」の具現だ。というか自分が「爽快感」になる。  そんな風に考えつつ渡る橋の向こうにはタワーマンションが何本も建って

          バイクと野生

          あなたは冴えない夜の神

           土曜授業が終わってサイゼで駄弁って帰宅。家の最寄り駅から外に出たら、遠くの空、夕焼け空と夜空の境界線が縦にくっきり分かれているのが見えた。  見えない幕で隔てられているように「ここまでは夕方、ここからは夜でーす」って感じ。グラデなし。「夜の帳」って言うけど、それって水平に落ちてくるブラインドタイプじゃなくて、闘牛の布タイプだったんだ~。  この「闘牛の布タイプ」ってのを説明すると、空だけ見ているとその境界を線的に・平面的に感じるんだけど、空の根元、街中の建物とかにもくっきり

          あなたは冴えない夜の神

          イマジナリーおじいちゃん

           想像上の友人、いますか?  私には、友人ではなくおじいちゃんがいる。イマジナリー・おじいちゃん。同じ町に住んでいる。想像上の存在ゆえ、私と血のつながりはない。  おじいちゃんは妻に先立たれ、一人暮らし。週末にはたまの贅沢で近所の焼鳥屋へ行く。こじんまりとした店だが、サービスは行き届いており料理も旨い。お気に入りのその店に、おじいちゃんは毎週通っている。  おじいちゃんは決して潤沢ではない年金をやりくりして通っているのだが、自分の贅沢のためだけでなく、「こんな良い店、応援

          イマジナリーおじいちゃん

          音無川には水がない

           JR王子駅南口のトンネルをくぐって、英国のデカい時計の名を冠した全席喫煙可の喫茶店、そしてその横のラブホを右手に望み、落語『王子の狐』の無銭飲食シーンでおなじみの扇屋、そしてその横のクソ安居酒屋を左手に望み、そうしながら進んでいくと秒で音無親水公園に着く。  王子近辺では昔から石神井川のことを「音無川」と呼んだが、昭和の河川改修により流れの変わったこの川の旧流路を整備し作られたのが、音無親水公園である。駅前通りと言うには活気が薄く、漂う空気もなんか灰色っぽいこの道。この道

          音無川には水がない

          床寝について

           床寝、してますか?  私と言えば床寝のエキスパート。学生の時分より床寝を続けて十五年。少なく見積もっても週の半分は床で寝ている。  布団やベッドで寝た方が気持ちが良いし疲れもとれるのは百も承知だが、床寝はやめられない。特に冬。ホットカーペットの上でドロドロのチーズになって寝るのが最高である。もうこのホカホカ絨毯の奴隷でいいって思いながら寝る。最高(最低)。  そもそも、なぜ床寝してしまうのか? ぶっちゃけ「無精だから」の一言で終わると思う。しかし、もう一つ、「駄目なのは

          床寝について

          サミットで買い物してたおばさんのTシャツ

           俺とヒップホップとの出会いは兄貴が部屋で聴いてたCD、とかでは全然なくて、サミットで買い物してたおばさんのTシャツだ。  あれはコロナの真っ只中だった。在宅勤務の昼休み、原付に乗って近所のサミットに行ったのだ。俺の原付は彼女のパム子のお兄さんがもう乗らないからって譲ってくれたホンダのトゥデイで、俺はスマパンのあの曲を思い出して、ロゴの後ろに「IS THE GREATEST」って、スーツケースにおまけでついてたアルファベットのシールを貼った。俺はそんな感じのロック好きで、と

          サミットで買い物してたおばさんのTシャツ

          報告者みみちゃん

           みみちゃんは反芻する。今日あった嫌なこと。昨日あった嫌なこと。一昨日あった嫌なこと。先週あった嫌なこと。先月あった嫌なこと。去年あった嫌なこと。十年前にあった嫌なこと。生まれてこの方あった嫌なこと、気に入らないこと、憤ること全部。  みみちゃんは報告する。直近の嫌なこと全部、ふと思い出した嫌なこと、それによって生じた感情全部。解決を求めるわけではない。ただ身体の中でとぐろを巻き、底の底まで渦を巻くマグマ、怒りのような悲しみのような、そんな感情をどこかにぶちまけなければいけな

          報告者みみちゃん

          ヒトマルの妖精

           仕事始めのその日、朝に行われる年賀式で社長が我々平社員に授ける年始のお言葉。毎年似たり寄ったりでありがたみはゼロに等しいが、十五年来、ちょっと楽しみにしていることがある。社長、今年もやるかな? 「昨年の課題を踏まえ、今年も弊社一同、ヒトマルとなって……」  やった。「一丸」。これを毎年「ヒトマル」と言い間違えるのだ。渡された原稿に「一丸」って書いてあったのを「ヒトマル」って読み上げて、それからずっと「ヒトマル」できちゃってんだな。確かに日常会話ではなかなか聞かないもんな。「

          ヒトマルの妖精