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ある選挙演説

  最初にお断りしておくが、これはあくまで仮想に基づくものであり、存在するいかなる人や団体とも関係がありません。
 
 
 
 ある選挙戦の真っただ中、明け方に東郷五十六は夢にうなされていた。
 
 なぜか選挙に立候補して街角で声を張り上げている自分を、別の目で自分が見ていた。不思議と違和感がなく、街角の人も何人か立ち止まり応援してくれている姿ややり取りが、目覚めた後も生々しく記憶に残っていることに気づき長い時間呆然としていた.....。
 やっとそれが夢であったと気づいたとき、立候補などしていない自分を改めて認識し、落ち着きを取り戻しながらも不安と猜疑に悩まされた。
 
 
 
『みなさん!! 日本はこのままでいいのでしょうか。是非、この選挙ではこの東郷五十六を国会に再び送り出してください。皆様に改めて、日本のため、国民のため、そして地元皆様のため、誠心誠意、命がけで尽くすことを誓います!!』
 
『がんばれよ.....あまり期待していないないけど.....』
 
『ともかく当選さえしてしまえば、のらりくらりとして陳情者から賄賂である土産を受け取り、国会では寝て暮らせる上、新幹線は乗り放題、結果を出さなくても誰も文句を言わず多額のお金がもらえ、先生々々と言われて威張って肩で風を切っていられるのです!!』
 
『ええ.....なんだそれ....?!』
 
『あれ....本音が.....』
 
『国民を馬鹿にしているのか!! 誰がお前に投票などするか!!』
 
『いや今のは.....こうあってはいけないということで.......信じてください、命がけで皆様に尽くすことを誓います!!  今の日本は高齢化が急速に進んでいます。年を取った人たちは、もう十分に働いたのですから、年金も手厚くすべきです。健康保険や介護もなお一層充実し、豊かな老後を送れるようにすべきです。』
 
『その財源はどうするんだ!!』
 
『日本は経済大国なのです。多少借金は多いですが、問題ありません。円安にもなっており輸出企業がより利益を上げてくれば、すぐに返済できます。企業が潤えば給与も上がり生活もよくなります。ただ最も大切なのは有権者の3割以上を占めるお年寄りの生活です。お年寄りに寄り添った社会を実現するために、東郷五十六に清き一票をお願いします!!』
 
『そうだ、年寄りを大事にしろ!!』
 
『その年寄りのために若い者の将来は真っ暗闇です。健康保険も介護も年金も若い者のお金がむしり取られ将来展望が描けないのが今の日本です。でも票が大事なんです。だから票を左右する年寄りを大事にすると言っています。いずれ日本は行き詰るが、そんなことどうでもいいのです。自分が生きている間だけいい思いができればいいのです。どうせ当選したら、結果を出せなくても何をしていても誰も文句は言いません。次の選挙のために、問題を起こさないようにして、聞こえのいい事だけ喚いて、税金で遊んでいられるのです。痛みを伴う政策など誰もやらないし受け入れられません。本当に日本や国民のためには誰も真剣に取り組んでなどいないのです。だからごちゃごちゃ言わないで投票してください!!』
 
『...............』
 
『何かおかしなことを言ってしまいました......少し疲れているようです。私の進める本当の政策は、お年寄りが豊かな生活を送り、満足して最後の日を迎えるようにすることです。誤解を無きようにお願いします。若い人たちには明日があるのですから、多少厳しい生活が続いても取り返せます。しかし、お年寄りには先がありません。取り戻す時間もないし、体も衰えてきます。ですから今後増える一方のお年寄りに寄り添った政策が大切なのです。例え若い時に遊んでいて預金もなく年金も積み立てていなくとも税金で豊かな生活を送れるようにすべきなのです。その税金がお金のかかる働き盛りの世代から取り上げることになっても、当選するためには国民の大多数を占める年寄りの票が必要なのです。』
 
『..........』
 
『今の日本は国際競争力が急速に衰えています。それが円安となって物価を上げています。米国の経済が先行き不透明になっても、今や円高にはなりません。円安になれば輸出企業は潤いますが、競争力がなくなってきており、すぐに限界がきます。エネルギーも食料も輸入しているのですから、物価は上がる一方です。しかし、政治家は誰も正面から向き合っていません。どうでもいいのです!! 当選して国会で寝てればいいのです。ですから、この東郷五十六にもいい思いをさせてください。そのためには、多くを占めるお年寄りの票がいるのです。』
 
『...........』
 
『何かよくわからない話になってしまいました。ともかく、投票用紙には、東郷、東郷、東郷五十六 と書いてください。よろしくお願いします。』
 
『..........所詮、投票に値する政治家などいないんだ.........』
 
 
途中から次第に聞く者が減っていき、最後はしらけ鳥が飛んでいた.......。
ある夢の出来事である。

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