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ガス湯沸かし器が止まるとつらいよ

(会社をぶっ潰したくてたまらない男たち)
 
 
 ぼくは自分の作業場を持たず、社長Aの会社の作業場を借りて商売をしていた。社長Aの会社は万年人不足で手が欲しかったので、空いた時間で手伝ってもらえれば助かるということだったからだ。
 
 ぼくが入り込んでから、Aの会社はどんどん落ちていったが、ぼくは最後まで居付いていた。他に借りるのが面倒だということもあったが、自分の借金でなく倒産劇を間近で見られるという遊び心の意味合いもあった。
 
 資金繰りが悪化し、従業員が去り、設備や備品が壊れたままとなり、仕入れが滞った。メディアなどでよく聞く、会社没落のパターンだ。まるで砂浜でやる棒倒しのように、砂を削っていって削っていって、いつ棒が倒れるのだろうという状況だった。
 
 
 ライフラインでは、まず電気が止まった。そしてガスときて、最後に水道だった。これは他の没落企業でも同じだと思う。
 
 電気は食品工場では金額が大きいので、最も早くに止まりやすいだろう。「灯り」よりも「冷蔵」、「冷凍」にかかる分が大きいのだ。ここでぼくは電気会社のワザを知ることになる。なかなか見事だと感心してしまった。
 
 電気料の滞納がたまり、警告の意味で職員が来た。その時に、配電設備をいじっていった。そしてそれから数日後、電気が止まったのだ。
 
 それが、意外なことに冷蔵庫、冷凍庫はそのままだった。止まったのは作業場だけなのだ。電灯、給湯器、電子秤、冷房が付かなくなった。
 
 おそらくこれは、見せしめではないかと思った。こちらが使用料を払わないで相手に「見せしめ」などと言っては申し訳ないが、しかしその時は正直、なかなか見事な見せしめだと思ったのだ。
 
 冷蔵庫や冷凍庫を止めてしまうと、商品が腐って、相手から訴えられる怖れがある。それを避けるために、その2つは生かしたのではないだろうか。見せしめであれば、作業場を止めるだけで十分に効果がある。暗くなると作業ができなくなるし、なにより脂まみれになるモツ業者にとってお湯が使えないのは相当キツい。特に冬のつらさは格別だ。水だけの作業では1時間も経たないうちに、指が曲がらなくなってしまう。
 
 止められると、社長Aそこで重い腰をようやく上げる。どこかから金を借りてきて、電気代を払い込むのだ。しかし電気の復活はただ払うだけではダメで、連絡をしなければならない。それが、送られてきている徴収表を見ながら音声ガイダンスに従ってプッシュホンを押していく作業となる。
 
 社長Aはそういったことがまるっきりできない。できないし、やる気もない。そこでぼくの出番となる。「あんたも作業場を使ってるから、電気ないと困るでしょ。じゃあちょっとした作業くらいはやってよ」というような感じだ。もっとも口では、「ごめんね砥城ちゃん、ちょいとこれやって」とお願いしてくる。でも雰囲気としては、とてもお願いという感じを受けない。
 
 こちらも困るので、頼まれたらすぐにやる。社長Aに伝えると、「砥城ちゃん、機械に強いなぁ」などと言ってくる。こんなんで機械に強かったら、宅配便の不在連絡票に連絡する人は全員機械に強い人だ。
 
 連絡して2、3時間で電気が付く。付かない電気が付くと、けっこう感動する。それも夕方、暗くなりかけの頃だと。なくして初めてありがたみが分かる、というやつだ。
 
 電気が止まるのは月の行事となった。だいたい月の15日前後に止まるのだ。今月も止まりますよと社長Aに忠告はするのだが、スポーツ新聞を読みながら「あぁ」というだけで対応しようとはしなかった。
 
 
 ガスは電気よりは我慢強いが、滞納が続けばやはり止まる。上記画像の給湯スイッチが付かなくなるので、そこで気づくわけだ。押してウンともスントも言わないときの感触というのは、格別なものだ。あぁ、仕事が滞るぅ、と……。そしてさらに忍耐強いのが水道で、これは相当止まらなかった。しかしその分、係員が来て怒る。
 
 請求だけではない。怒るのだ。彼ら水道マン(と言ったらいいのだろうか?)は、水道というものはライフラインの最たるものという意識を持っているらしい。だから止めることは極力避けようとする。その代わり滞納者に、水道というものもうちょっと大事に思うようにと説くのだ。「あなたが支払わないことで、まじめに支払っている人たちにそのツケがまわっているんですよ!」と、けっこう若い係員が年金をもらっている社長Aに声を荒げる。日本の未来を明るく思わせる光景だ。
 
 社長Aはそれでも払わず、止まってようやく腰を上げる。水道料金の方は水道局まで払いに行かなければならず、復帰も係員が来なければならない。手間がかかるのだ。
 
 水道もまた、流水があると感動する。廃墟の蛇口かのようにひねっても出ない水が、突然勢いよく出るのだ。ボーリングで温泉や石油が出るときってこんな感じなのだろう、などと思ってしまう。
 
 
 ぼくは社長Aに安くない作業場使用料を払っていたので、不履行で文句を言ってもいい立場でもあったのだが、罪悪感を抱くことなく(自分の支払いを滞らせたわけではないので)滞納時の状況をつぶさに観察させていただいたことで、社長Aにはある意味感謝している。
 



駄文ですが、奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。