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『2040年の日本』

しかし、だからといって、未来を考えることに意味がないわけではない。
変化が生じた時、できるだけ早くそれをキャッチし、それが従来描いていたシナリオにどのような影響を与えるかを考えるべきだ。
こうしたことを行うためには、基本となるシナリオを持っていることが必要だ。
それを、新しい情報を取り込んで修正していくのである。

未来予測本を読むとき、本当にあたるんか?という疑念はよぎります。
それについての著者の回答です。
想定外のことは起きるが、それを取り込んで従来のシナリオを修正していこう、ということです。

「成長、成長」と言うと、「そんなに成長を追い求めなくてもよいのではないか」という意見が出てくるかもしれない。
(中略)
しかし、日本が今後とも成長できるか否かは、「今後の超高齢化社会において、高齢者を支えることができるか」という差し迫った必要性を満たせるかどうかを決める、最重要の条件なのである。

成長で解決したい問題が明快かつ深刻です。
超高齢化社会で高齢者を支えるためには税収や保険料収入が必要で、そのためには経済の成長が必要です。
例えば成長率が0.5%の場合、成長率1.0%の場合と比べて一人あたりの負担が2割増える、または、給付が2割減ります。

10年前に作られた「2010年の財政収支試算」(内閣府「経済財政の中長期試算」、2010年6月22日)においては、つぎの2つのシナリオが示された。
(中略)
(1)慎重シナリオでは、21.7兆円の赤字、対名目GDP比がマイナス3.8%程度になる(つまり、黒字化できず、半減もできない)
(2)成長戦略シナリオでは、13.7兆円の赤字、対名目GDP比がマイナス2.1%程度になる(つまり、黒字化はできないが、半減はできる)
(中略)
では、実際にはどうなっただろうか?
(中略)
2020年度経済見通しに示されている名目GDPの値は、「慎重シナリオ」が予測した値にも到達できなかった。
財政収支はどうなっただろうか?
(中略)
2010年の「慎重シナリオ」で描かれた将来像より悪化している。

2010年に作られた慎重シナリオですら楽観的だったことになります。
政府の、このことに関する振り返りを知りたいところだがどうなのでしょうか。
少なくともより厳しい予測を加える必要がありそうです。

「高成長」前提は、未来に対する責任放棄

以上のような問題があるにもかかわらず、財政収支試算は、実質的には同じ内容を、時点を変えて繰り返しているだけだ。
(中略)
この試算を始めてから10年経って分かったのは、「2%成長は不可能」ということだ。
すでに10年経ったのだから、ここで一区切りつけなければならないだろう。
(中略)
日本の政策体系全体が、2%実質成長という虚構の土台の上に立っている。
虚構は実現しないのだから、日本の政策は、将来に向かって維持することができないことになる。

政策が2%の実質成長を前提としているとすれば、かなり危うさを感じます。
10年達成できなかったものを前提としつづけるのは厳しいでしょう。
少なくとも、現状に合ったプランも用意すべきだと感じます。

技術進歩、とくに「労働増大的技術進歩」が経済成長を決める。
後述のように、これは、主としてデジタル化の進展によって決まるだろう。

労働人口は増えず、資本のストック増加率はほぼゼロという見通し。
なので、技術進歩で底上げするしかない、ということです。
DXや生産性向上といった言葉が最近よく聞こえますが、こういった背景があるのかもしれません。


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