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おはようございます

「…え?」

いつも通り出勤すると、1人のスタッフの疑問の声が耳に届いた。

「…ん?おはようございます」

眼を丸くしているスタッフを横目に、更衣室へと入る。

なんだ?すっぴんだから引いたのかな?

そんなことを考えつつ、着替え終わって外に出ると。先ほど目を丸くしていた夜勤のスタッフは、あいも変わらず驚いた様子だった。

「びっっくりした…珍しくない?日曜いるの」

そんな風に声をかけられてハタと気付く。

そうか、普段は平日しか入らないもんな。

「たまには出てみようかなと思って日曜出したら、まぁ普通に通っちゃって」

そう話しつつ、制服の襟を正し。自分の名札を胸元につける。

「いや、俺さ。おぼろさん出勤間違えてんのかと思って。めっちゃ焦った」

そう愉快そうに笑う彼は、夜勤明けにも関わらず、疲れた様子は一切見えない。

働くの向いてるんだな、なんて思いつつ。

間違えでこんな早起きしないですよ、と私も笑った。

年齢的に、彼は私と同い歳だけれど。

人より1年多く勉強してから大学へ進学したため、学年的には1つ下の代だった。

懐っこい性格と、少しチャラい話し方も相まって。

人と距離を詰めるのがとても上手である。

私の方はバイト中の敬語が癖になってしまっていて、なかなかバイト先の人たちと距離を詰めるのが苦手だけれど。

彼の人付き合いの良さはその点でいえば、純粋にありがたかった。

「いつ辞めるの?」

私も彼も手は動かしつつ、少し会話を重ねる。
仕事を切りのいいところまで進めてくれるようで、ありがたい。

「あー、3月末まではいますよ」

店長にも、もうすでにそう伝えてある。

本当は、3月半ばで辞めようと思っていたけれど。

正直、バイトを辞めてもすることはない。

研修もオンラインなので時間的には余裕だし、メリハリのためにもやっておいた方が自分のためだと思ったのだ。

「マジで!?」

彼はこれまた驚いたように声を上げ、私の方に顔を向けた。

「まぁ私、今は週1.2くらいですし。ギリギリまでいても、そんなに負担にならないので」

いさせてもらえるだけ助かる。

へえ、そっかぁと彼は呟いたあと。

しばらく間があって。

「辞めないでよ〜」

と懇願するような声が、突然横から聞こえてきた。

予想外の声色と言葉に思わず笑ってしまう。

「嬉しい」

敬語の解けた短絡的な言葉が、私の口からぽろりと溢れてしまう程度には。

本当に、嬉しかったのだ。

たとえ社交辞令だとしても。

誰かに必要とされている実感は、それだけで頑張ろうというエネルギーになる。

あと2ヶ月もしないうちに、ここを離れることになるけれど。

彼の距離感を詰める上手さは、見習って次の職場で生かしたいなと思った。

おぼろ

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